2017年7月21日金曜日

暴力団から脱退しようとした男性を脅し、警察の中止命令に従わなかった指定暴力団「住吉会」傘下組織の組長を逮捕

脱退妨害行為中止命令に従わなかった千曲市の暴力団幹部を逮捕

2017/7/21(金) 19:52配信

暴力団から抜けようとした男性を脅し、警察の中止命令にも従わなかったとして、千曲市の暴力団組長の男が逮捕されました。

暴力団対策法の脱退妨害行為に対する中止命令違反の疑いで逮捕されたのは、千曲市上山田温泉の指定暴力団住吉会傘下組織の組長・岡田浩一容疑者50歳です。

警察の調べによりますと岡田容疑者は先月10日、組織から抜けようとした49歳の男性を脅したとして脱退妨害行為の中止命令を受けました。

しかし先月30日にも同じ男性を「そんなの通ると思ってんのか」などと脅し、警察は中止命令に従わなかったとしておととい逮捕しました。

岡田容疑者は容疑を認めているということで、警察によりますと1992年に暴力団対策法が施行されて以来、県内で検挙されるのは初めてです。

参照元 : SBC信越放送

覚醒剤の売買をめぐるトラブルか?密売人を鎖で縛った上、拉致しようとした疑い 住吉会系暴力団幹部ら男女5人逮捕

覚醒剤の密売人を鎖で縛り監禁、組員ら逮捕

2017/7/21(金) 18:25配信



覚醒剤の密売人を鎖で縛った上、拉致しようとした疑いで暴力団幹部ら5人が逮捕された。

逮捕されたのは住吉会系暴力団幹部の金井博容疑者と組員の大矢修一容疑者ら男女5人。

警視庁によると5人は去年、港区のマンションで金銭目的で40歳の男性を鎖などで縛って監禁した上、暴力団事務所まで拉致しようとした際に暴行を加え、ケガをさせた疑いが持たれている。

被害者の男性は覚醒剤の密売人で、警視庁は覚醒剤の売買をめぐり金銭上のトラブルになったとみて調べている。

参照元 : 日テレNEWS24








抗争に備えていた可能性?車に拳銃と実弾を隠し持っていた指定暴力団神戸山口組直系「宅見組」系組員ら4人逮捕

抗争備え?車に拳銃と実弾、神戸山口組系組員ら逮捕

2017/7/21(金) 19:08配信

車に拳銃と実弾を隠し持っていたとして、大阪府警捜査4課は21日、銃刀法違反(加重所持)の疑いで、指定暴力団神戸山口組直系「宅見組」系組員、徳田龍詞(りゅうじ)容疑者(38)=大阪市生野区桃谷=ら男4人を逮捕したと発表した。府警は認否を明らかにしていない。

逮捕容疑は、6月24日午後3時ごろ、大阪府吹田市広芝町の路上に駐車した乗用車内に、回転式拳銃1丁と実弾9発を隠し持っていたとしている。6発が拳銃に装填(そうてん)され、発砲できる状態だったといい、山口組分裂に伴う抗争に備えていた可能性もあるとみている。

府警によると、同市江坂町の路上で、パトカーで警戒中の吹田署員が4人が乗った乗用車を発見し職務質問。後部座席の足下にケースに入った拳銃と実弾があるのを見つけ、運転していた組員の男(26)を同法違反容疑で逮捕=処分保留で釈放=したが、徳田容疑者ら3人が逃走したため行方を追っていた。

参照元 : 産経新聞

宅見組



二代目宅見組(たくみぐみ)は大阪府大阪市中央区千日前1-8-23に本部を置き大阪府豊中市緑丘4-31-1に本家を置く暴力団で、神戸山口組の二次団体。

◆宅見組系譜
初 代 - 宅見 勝
二代目 - 入江 禎

◆二代目宅見組組織図
組 長 - 入江 禎(神戸山口組副組長)

◆執行部
組長代行 - 荒牧堅次郎(荒牧組組長)
若 頭 - 森島 厚(厚和会会長)
舎弟頭 - 酒井冨士夫(酒井興業組長)
舎弟頭補佐 - 金澤慶福(金澤興業組長)
舎弟頭補佐 - 石原正吉(石原総業組長)
本部長 - 柳沢昌行(柳沢会会長)
統括委員長 - 須藤基之(須藤会会長)
若頭補佐 - 渡邉 誠(四代目石川一家組長)
若頭補佐 - 安達 崇(三代目武村組組長)
若頭補佐 - 佐藤誓吾(佐藤総業組長)
若頭補佐 - 森嶋弘道(奈良倉友連合会長)
若頭補佐 - 田中敦之(七代目倭奈良組組長)
若頭補佐 - 加納龍二(二代目坂本組組長)
若頭補佐 - 森元郁夫(九代目高木組組長)
副本部長 - 岡本健二

◆副組長
鹿田次郎(鹿田組組長)

◆顧問
松島一広(松島組組長)
宮永俊文(宮永組組長)
片平鉄行(曙総業組長)
南岡正男(二代目南岡組組長)

◆特別相談役
萩尾敬一(敬心連合組長)

◆舎弟相談役
福原光三(福原組組長)

◆若中相談役
鐘ヶ江重剛(剛竜会会長)

◆舎弟
山本健三(山斗会会長)
大丸 仁(禎仁会会長)
後藤昭裕(二代目佐藤会会長)
安達 崇

◆幹部
吉村秀生(吉村興業組長)
竹田一弥(二代目勝侠同士會会長)

◆若中
和泉友慈(和泉総業組長)
中嶋 靖(二代目森嶋組組長)
井坂裕一(井坂会会長)
大山義明(四代目杉本組組長)
山下竜二(三代目西岡組組長)
田島博司(三代目勝心連合組長)

初代宅見組組織図
二代目宅見組組織図・平成10年
二代目宅見組組織図・平成27年

参照元 : wiki/宅見組

【加古川ビル転落死事件】指定暴力団・神戸山口組系組員に懲役22年を求刑

加古川・ビル転落死 組員に懲役22年求刑

2017/7/18(火) 18:28配信



兵庫県加古川市で2015年9月、スナック経営の女性=当時(32)=をビルから落として殺害したなどとして、殺人と暴行、脅迫の罪に問われた指定暴力団神戸山口組系組員、大道竜二被告(52)=兵庫県稲美町中村=の裁判員裁判の論告求刑公判が18日、神戸地裁姫路支部であった。検察側は懲役22年を求刑し、弁護側は殺人と脅迫について無罪を主張し結審した。判決は24日。

検察側は論告で「強固な殺意による犯行。反省の意思はみられず、再犯の可能性が高い」と指摘。弁護側は「女性が自ら手すりを越えて落ちた」と述べ、「被告と女性は親しく、言葉遣いが乱暴でも脅迫罪は成立しない」と主張した。

起訴状などによると、15年9月22日未明、加古川市平岡町新在家の商業ビル5階から、女性を路上に落として殺害したなどとされる。

参照元 : 神戸新聞NEXT

【金塊強盗事件】恐喝容疑で再逮捕された野口容疑者と指定暴力団山口組「弘道会」傘下組織幹部の男を不起訴

<博多金塊窃盗>恐喝容疑は不起訴 名古屋地検

2017/7/18(火) 18:34配信



福岡市博多区で7億6000万円相当の金塊が盗まれた事件を巡り、窃盗グループの仲間から口止め料名目で現金を脅し取ったとして恐喝容疑で再逮捕された野口和樹容疑者(42)=窃盗罪で起訴=について、名古屋地検は18日、不起訴とした。

野口被告と共謀したとして恐喝容疑で逮捕された指定暴力団山口組弘道会傘下組織幹部の男(33)も不起訴とした。地検は理由を明らかにしていない。

2人は昨年12月15日、金塊窃盗グループの一員として窃盗罪で起訴された中垣龍一郎被告(40)から現金500万円を脅し取ったとして、6月28日に愛知県警に逮捕された。

野口被告は今月7日に名古屋地裁であった勾留理由開示の手続きで容疑を否認。中垣被告が金塊窃盗事件に関係しているとみられることの口止め料を支払うよう、暴力団の男から責められたと主張した。愛知県警の捜査員に相談して現金受け渡しの方法や場所などで助言を受けたとも述べた。【金寿英】

参照元 : 毎日新聞

セガサミー里見会長の自宅を銃撃した実行犯の男ら3人を起訴

セガサミー会長宅銃撃、実行役とみられる男ら3人起訴

2017/7/19(水) 1:31配信



おととし、大手パチンコ機器メーカー「セガサミーホールディングス」の里見治会長の自宅に銃弾が撃ち込まれた事件で、東京地検は、実行役とみられる男ら3人を起訴しました。

起訴されたのは、住所不定・無職の松島高夫被告(55)ら3人です。起訴状などによりますと、松島被告らはおととし1月、東京・板橋区にある「セガサミーホールディングス」の里見治会長の自宅に拳銃で銃弾を発砲し、門灯やガレージのシャッターを壊した罪などに問われています。

警視庁は、指示役とみられた指定暴力団・神戸山口組系暴力団の組員(54)も逮捕・送検していましたが、東京地検は、嫌疑不十分で不起訴処分としています。

参照元 : TBSニュース







東京・銀座のみかじめ料事件で、警視庁が山口組総本部を捜索

【報ステ】“みかじめ料”で山口組総本部を捜索

2017/07/18 23:30



東京・銀座の高級クラブなどからみかじめ料を脅し取っていたとして、先月、暴力団組長らが逮捕された事件で、警視庁は18日、神戸市の指定暴力団山口組総本部を約60人態勢で捜索した。

逮捕された組長らは、経営者などから、毎月数万円ずつ、総額1億円近くを脅し取っていたとみられている。警視庁は、一部が上納金として山口組に渡った可能性があるとみて、みかじめ料の実態について調べを進める方針だ。

参照元 : テレ朝ニュース











2017年7月20日木曜日

指定暴力団山口組の篠田建市6代目組長らが墓参り

山口組組長らが墓参り 神戸の霊園、県警が警戒

2017/7/20(木) 11:19配信



指定暴力団山口組(総本部・神戸市灘区)の篠田建市(通称・司忍)6代目組長(75)や直系団体の組長ら約20人が20日午前、山口組歴代組長の墓がある同市灘区の霊園に姿を見せた。捜査関係者によると、3代目組長の命日に合わせた墓参りとみられ、兵庫県警の捜査員らが周辺を警戒したが、混乱はなかった。

篠田組長は午前10時ごろに乗用車で訪れ、約10分で霊園を後にした。

2015年8月に指定暴力団神戸山口組が山口組から分裂。今年4月には、さらに神戸山口組内で、複数の組長が離脱して「任?(にんきょう)団体山口組」の結成を表明する内紛状態に陥っている。

6月には神戸山口組の井上邦雄組長(68)が兵庫県警と京都府警に逮捕され、釈放までの間には傘下の組事務所で発砲事件が発生するなど不安定な情勢が続いており、県警はそれぞれの勢力について監視と情報収集を強めている。

参照元 : 神戸新聞NEXT

2017年7月17日月曜日

任侠団体山口組・織田絆誠代表「子供ながらに、ヤクザの世界は人種差別がないと信じて、この世界に飛び込みました」

ヤクザの世界は人種差別がないと信じて、この世界に入った

2017/7/15(土) 16:00配信



六代目山口組から分裂した神戸山口組からさらに分裂。「任侠団体山口組」というユニークな名前を掲げ、“3つの山口組抗争”を引き起こした男には、「在日」というルーツがあった。ヤクザ取材の第一人者であるノンフィクション作家の溝口敦氏が、彼に「ヤクザと在日」の新時代を見る。

4月30日に神戸山口組から分裂し、「任侠団体山口組」を結成した織田絆誠代表(50歳、以下敬称略)は依然、暴力団業界の「台風の目」だ。神戸山口組では若頭代行をつとめ、山健組では副組長に上った実力者である。

山健組から3分の1の勢力を引き連れ、神戸山口組の直参とも語らって今回、新団体を立ち上げた。直系組が55団体。大勢力である。

主張するところは、六代目山口組の司忍組長、高山清司若頭、神戸山口組の井上邦雄組長、正木年男本部長の4人は引退せよ、トップは中堅、若手が毎月組に納める会費(上納金)で飯を食うな──など、業界革新の気に溢れて過激である。織田が説明する。

「ヤクザにとって大事な盃事を否定するのが本意ではないんです。ただ山口組では五代目・渡辺芳則組長以降、この30年間、盃が諸悪の根源になって来た。

盃を下ろした側(組長)は子分に対して、白い物を黒いといっても許されると考える。盃を下ろされた側(直参、直系組長)は親分からどんな理不尽なことを言われても、飲み込む、耐え抜いてこそ子分だといった変な美学がまかり通っている。

盃を下ろすまでは、組長になる人はそれぞれいい人なんです。が、下ろしたとたん、子分からお金の吸い上げ自由、自分の勝手と考える。こういった盃なら要らないということです。

しかるべき人物が現れ、トップになっても変わらないと確信できた段階で、組長の座にお迎えしたいと考えてます」

事実、「任侠団体山口組」では組長を置かず、親子盃、兄弟盃もしない。月会費はオール10万円以下。カネがかかるから他団体と交際せず、本部事務所も置かない。

織田のモットーは「ヤクザはヤクザらしく」。ヤクザなんだから服装は自由、黒服を強制しない。組員は安い会費で生活に余裕を持ち、せいぜいおしゃれを楽しみ、社会貢献せよ、というのだ。

織田が口舌の徒でないことはこれまでの経歴が語っている。喧嘩、抗争はめっぽう強い。論理的で,業界きっての雄弁家。聞く者をして奮い立たせるアジテーターであることは、六代目山口組と対立するさなか、全国遊説して神戸山口組の結束を強めたことで証明済みといっていい。

彼はヤクザ、暴力団が社会から排除されず、認められるためには社会的な有用性を示さなければならないと考えている。具体的には不良外国人グループや半グレ集団の排除、善導であり、海外在留邦人の警護などである。

暴力団は国民が「反社会的組織」でないと認めたとき、山口組三代目・田岡一雄の時代のように、営む「正業」が認められると考える。だが、織田は在日韓国人3世(本名は金禎紀)であり、ネットなどには「なぜ在日が日本の治安向上に努力などと言い出すのか」といった声もアップされている。

暴力団業界に在日が多いのは事実である。現在、暴対法に基づく「指定暴力団」は22団体を数えるが、そのうち代表者が在日である組織は5団体に及ぶ。約23%。総人口に占める在日韓国・朝鮮人の割合は2%以下とされるから、10倍以上の密度である。

もともとヤクザ組織は一般企業や役所に就職できず、「ヤクザにしかなれない」人の生計の途といった側面があり、伝統的に在日韓国・朝鮮人や被差別部落出身者を排除しない。過去にも柳川組・柳川次郎こと梁元錫や、東声会・町井久之こと鄭建永など、一世を風靡した在日ヤクザは多い。織田自身もこう言う。

「子供ながらに、ヤクザの世界は人種差別がないと信じて、この世界に飛び込みました」

※週刊ポスト2017年7月21・28日号

参照元 : NEWSポストセブン


在日3世の任侠団体山口組代表 従軍慰安婦や在日への見解

2017/7/17(月) 16:00配信

六代目山口組から分裂した神戸山口組からさらに分裂し、「任侠団体山口組」を結成した織田絆誠代表(50歳、以下敬称略)は在日韓国人3世(本名は金禎紀)だ。暴力団業界に在日が多いのは事実で、過去にも柳川組・柳川次郎こと梁元錫や、東声会・町井久之こと鄭建永など、一世を風靡した在日ヤクザは多い。ノンフィクション作家の溝口敦氏が、在日とヤクザの関係を探った。

織田は18歳のとき、父親の服役で「酒梅組」系張本組に預けられる。2年後、張本組の若頭補佐や若頭にまで抜擢されるが、「山口組と喧嘩するな」が不文律の酒梅組に嫌気が差し、指を詰めて脱退、一本どっこになった。

1988年、四代目山口組の直系組長だった倉本組・倉本広文から盃をもらい、倉本組の若衆になったが、倉本広文は幼時から織田の憧れの対象だった。

倉本はもともと“殺しの軍団”柳川組の出で、1958年柳川組が、管理売春をシノギにする酒梅組系鬼頭組と抗争した際、組事務所に殴り込んだ8人のうちの1人だった。織田は語る。

「倉本初代はよくも悪くも極道中の極道ですね。鬼頭組への殴り込みは100対わずか8。数次の抗争で柳川組は鬼頭組に死者1、重軽傷者15の被害を与えた。殴り込みのとき倉本初代はまだ16歳で、柳川組では珍しく在日ではなく、日本人だったけど、柳川初代が可愛がり、『わしの実子分(実の子供)や』と言っていたそうです。それと、若いころ一度JR天満駅そばのホテルで寝込みを襲われている。1人が日本刀で斬りつけるのを左手で受け止め、左手の神経を断ち切られた。手はくっついたけど、親指が動くだけで、後4本は動かない。

柳川組は1969年に解散したけど、倉本初代は意地を張ってどこにも属さず、一匹狼でやっていた。そういうとき看板のある者7~8人が束になって襲ってきた。

周りは言いました。『倉本がやられた、ケンカの倉本負け知らずがついに終わった』と。

実際に無茶苦茶強かったらしい。そう言われたどん底から倉本初代は這い上がった。とんとん拍子の人より、いろいろあった人に自分、心惹かれるんです。エリートよりも地獄を見た人、そこから自分の努力で、覚悟で、這い上がった人。そこにやっぱり、惹かれましたね。プラス柳川、かもしれません。柳川次郎という人は自分にとって特別な存在だったんです」

在日ヤクザの柳川次郎が初代を率いた柳川組は山口組の直系組の1つで、2次団体でありながら、警察庁により全国広域5大暴力団の1つに指定され、昭和40年代、集中的な取り締まりを受けて解散した。

倉本はその後、宅見組に拾われ、副組長に抜擢され、五代目山口組では若頭補佐の1人になった。

織田は倉本の下で「織田興業」を結成し、倉本組の幹部へと昇進していった。が、1990年、山口組と波谷組が抗争した「山波抗争」が起きると、組員2人をして波谷組系平澤組幹部を銃撃させ、事件の首謀者として逮捕、懲役12年の刑で徳島刑務所に服役、そこで山健組の井上邦雄組長と知り合うわけだ。

織田は在日3世として典型的なヤクザの道をたどる。彼はギクシャクしている日韓関係をどう考えているのか。

「自分も壁に突き当たったとき、自分は一体何者だと思いました。刑務所にいるとき、本を差し入れしてもらい、勉強したんです。と同時に、自分の記憶をたどって、じいさん、ばあさん、両親のこと、時系列で合わせて考えていく。と、なるほどなと見えてきたものがあります。

戦前の強制連行、密入国、慰安婦。ヘイトスピーチが今、拡散させてますが、あそこには嘘、ねつ造もあるし、過大にこう大きくして見せたりしてますけども、自分なりになんぼか調べました。

実際のところ、朝鮮人の強制連行はパーセンテージでいうと、微々たるもの。肉体労働者の数が足りなくて、多少あったと思います。従軍慰安婦については、同じようなことが世界中であった、そういう時代やった、そうしないとご飯を食べられなかった人もいたと思います。

その中でいわゆる女郎屋の女衒も関係していたでしょう。それは日本国内でもあった話で、女を無理やりとか騙してとか、悪い人間もおったでしょうけど、全体でいうと、需要と供給の中で、各国で同じようなことがあったと思います。残念だけど仕方なかったことじゃないかと、思いますね。まあ戦争が生んだ悲劇の一環じゃないかと。

だから、そこで在日側からする恨みつらみはよくない、と。あんまり敏感に反応することじゃなく、もっとこう世界全体を見てほしい。在日の若い子らに言いたいのは、ありのままに受け止めてほしいということです」

◆新世代の在日ヤクザ

本国の韓国人とは異なり、「恨(ハン)」の文化からは離れている気配だ。織田は「韓国は生みの親、日本は育ての親」という。

「どちらも大事だが、どちらかいうと、育ての親に決まってます。私らは韓国語もしゃべれない。日本に育ててもらったことに感謝し、育ての親に親孝行する。これのどこが悪いのか、と。

自分も50の歳になってようやく一つの答えが出ました。これを発信して今、頭を壁にぶつけている若い世代に伝えたい。恨み、つらみはよくない、と。1世、2世は確かにいわれない差別を受けた。

が、日本という国にお世話になり続けたのも事実です。恨み、つらみを逆転して感謝に変えたとき、清々しい気持ちになれる。在日が日本人とともに日本国民のために、命がけでがんばろうというのは男として、1人の人間として、全然恥ずかしいことじゃない」

任侠団体山口組のメンバーは9割以上が日本人、同組に所属替えした旧山健組メンバーも9割以上が日本人である。ヤクザや前科、前歴がある者は本人が望んでも日本に帰化できない。が、在日3世になると、同化が進み、意識や考えがほとんど日本人と区別できない。ヤクザの世界も同様のようだ。

若い世代では今まで差別を経験したことがないという在日韓国人もいる。全部が全部、差別がなくなったとは思いようがないが、山口組では現在の六代目まで組長は日本人。執行部に在日が名を出す程度だ。任侠団体山口組が徐々に主流を形成し、初めて在日の組長誕生となる可能性もある。

※週刊ポスト2017年7月21・28日号

参照元 : NEWSポストセブン






2017年7月15日土曜日

銃弾の薬莢を隠したとして、証拠隠滅の疑いで同組直系「山健組」傘下組織組員を逮捕

薬莢隠し持った疑いで組員逮捕。「提出するタイミングを失っただけ」

2017/7/15(土) 14:19配信

指定暴力団神戸山口組の井上邦雄組長(68)の関係先とされる兵庫県稲美町の住宅に銃弾が撃ち込まれた事件で、兵庫県警は、銃弾の薬莢(やっきょう)を隠したとして、証拠隠滅の疑いで同組直系「山健組」傘下組織組員、藤田稔容疑者(49)=同町中村=を逮捕した。「提出するタイミングを失っただけで、隠すつもりはなかった」と容疑を否認している。

逮捕容疑は6月20日午前2時15分ごろ、銃弾が撃ち込まれた住宅周辺で空薬莢5個を発見したにもかかわらず、隠していたとしている。

参照元 : 産経新聞

神戸山口組傘下の組長が組織から脱退しようとした組員に対し、関係を続けるよう強要

和歌山県警が神戸山口組本部を捜索

2017/7/15(土) 1:43配信



指定暴力団・神戸山口組傘下の組長が組織から脱退しようとした組員に対し、関係を続けるよう強要したとして逮捕された事件を受け、和歌山県警は、神戸山口組本部事務所を家宅捜索しました。

14日午後、兵庫県淡路市にある神戸山口組本部事務所に和歌山県警の捜査員およそ40人が家宅捜索に入りました。捜索は、神戸山口組傘下で堺市に事務所を置く二代目中野組組長・小嶋恵一容疑者(68)が今年1月組からの脱退を申し出た20歳代の組員の男性に関係を続けるよう強要したとして逮捕されたことを受けて行われました。

小嶋容疑者は、警察の調べに、「そういうことをいった覚えが無い」と容疑を否認しているということです。県警は、事件の裏付けを進めるとともに組織の関与があったかなど背後関係を調べています。

参照元 : ABC朝日放送

千葉県松戸市のアパートに銃撃した容疑で指定暴力団稲川会系の暴力団関係者ら2人逮捕

アパートに銃撃容疑、暴力団関係者2人逮捕 松戸の事件

2017/7/15(土) 19:13配信



千葉県松戸市でアパートに銃弾を撃ち込み、玄関ドアを壊したとして、県警は15日、男2人を銃刀法違反(加重所持)と建造物損壊の疑いで逮捕し、発表した。

県警によると、逮捕されたのは、自称住所不定、松本龍也容疑者(52)と、埼玉県熊谷市、渡辺吉正容疑者(50)。捜査関係者によると、2人は指定暴力団稲川会系の暴力団関係者という。県警は同日、関係先として群馬県太田市と熊谷市の二つの暴力団事務所などを家宅捜索した。

2人は6月30日朝、松戸市緑ケ丘2丁目と同市五香西2丁目の2カ所のアパートで拳銃を発砲し、玄関ドアを壊すなどした疑いがある。県警は捜査に支障があるとして認否を明らかにしていない。けが人はいなかった。

松戸市では5月、暴力団関係者が乗った車が銃撃され、男性(46)が大けがをした。6月以降も、5月の事件の関係先とみられるアパートなどに銃弾が撃ち込まれた痕が3件相次いで見つかり、県警は銃撃事件との関連を調べている。

参照元 : 朝日新聞


2017年7月14日金曜日

暴力団の身分を隠して、生活保護費を不正受給した指定暴力団太州会傘下の組員の男(38)を逮捕

暴力団加入隠し、生活保護224万円超を不正受給 組員を容疑で逮捕 福岡

2017/7/14(金) 12:26配信

福岡県警田川署は14日、生活保護費約224万円を不正に受給したとして、福岡県直方市、暴力団太州会傘下組織組員の男(38)を詐欺容疑で逮捕した。

逮捕容疑は、平成26年9月9日付で直方市から生活扶助費などの給付を受けていたが、平成27年5月ごろ、自ら指定暴力団太州会傘下組織に加入したのに、この事実を隠して届出をせず、同年6月1日から今年3月1日までの間、22回にわたり、不正に現金合計224万7360円の支給を受け、人を欺いて財物を交付させた疑い。

参照元 : 西日本新聞

太州会



太州会(たいしゅうかい)は、日本の福岡県田川市に本部を置く暴力団。指定暴力団。構成員総数は2015年末の時点で約140人。福岡県内を専らの活動地としている。“川筋ヤクザの保守本流”として知られてきた。

来歴
田川市内の炭鉱労働者であった太田州春が1954年(昭和29年)頃に不良集団を集めて「太田グループ」という愚連隊を結成。この太田グループがやがて“太田組”と改称し、急速に勢力を伸ばした末に、1973年(昭和48年)をもって“太州会”へと改称、1991年(平成3年)に田中義人が二代目を襲名した。1993年(平成5年)に暴力団対策法に基づく指定暴力団となった。

情勢
本部所在地は福岡県田川市大字弓削田1314-1。北九州市の工藤会、久留米市の道仁会、福岡市の福博会、大牟田市の九州誠道会(現・浪川睦会)と並ぶ、福岡県内に本部を置く独立指定暴力団組織5団体のうちの一つである。工藤会、道仁会、ならびに熊本会とともに四社会という親睦団体を結成している[3]。

歴代会長
18歳で炭鉱の首領となったのち前身にあたる「太州商店」を設立した太田州春が初代。太州会を率いて地元他組織を相手に抗争を展開し、不可能視されていた筑豊地方一帯の覇権を実現。以降、田中義人の二代目〜大馬雷太郎の三代目〜日高博の四代目〜と代を経てきた。

現最高幹部陣
会長 - 日高博
最高顧問 - 久保田俊英
若頭 -
総本部長 - 山岡信幸
組織委員長 -

参照元 : wiki/太州会

2017年7月12日水曜日

歌舞伎町で、男性に因縁つけて集団暴行し、ケガさせた疑い「今度、歌舞伎町で見たら殺すぞ」指定暴力団・住吉会系の幹部ら4人逮捕

「歌舞伎町で見たら殺すぞ」と一般人暴行

2017/7/12(水) 16:38配信



東京・新宿区の歌舞伎町で、見ず知らずの男性に因縁をつけて、集団で暴行し、けがをさせた疑いで、暴力団幹部ら4人が警視庁に逮捕された。

指定暴力団住吉会系の幹部・原田英俊容疑者(41)ら4人は、2016年5月、歌舞伎町のビルの入り口で、見ず知らずの男性(36)に、「何こっち見てんだよ」などと因縁をつけて、集団で顔や頭を殴るなどして、けがをさせた疑いが持たれている。

原田容疑者らは、「今度、歌舞伎町で見たら殺すぞ」と言って立ち去ったが、防犯カメラの映像から4人の関与が浮上した。

調べに対し、一部は容疑を否認している。

参照元 : ホウドウキョク

水戸市役所の職員2人が、暴力団員に頼まれて男性の住所を漏らしたとして、地方公務員法違反の疑いで逮捕

市職員が暴力団に住所漏らす

2017/7/12(水) 10:38配信



指定暴力団山口組系の組幹部とトラブルになっていた男性の住所を、この幹部に教えた疑いで、茨城・水戸市役所の職員2人が逮捕された。

水戸市役所生活福祉課の課長補佐・岩谷 勉容疑者(45)と、係長・本沢佑司容疑者(35)は、山口組系組幹部・田崎伸一容疑者(41)に頼まれて、男性の住所を教えた地方公務員法違反の疑いが持たれている。

調べによると、逮捕された職員2人は2017年3月、田崎容疑者から、トラブルになっていた男性の引っ越し先を教えてほしい、口頭が無理ならば、偶然を装って引っ越し先を案内してほしいと頼まれたという。

警察は、水戸市役所を捜索して、くわしい経緯についても捜査している。

参照元 : FNNニュース














東京・銀座で、飲食店への暴力団の関与を排除するため、警視庁による過去最大規模の巡回パトロール

銀座で「暴力団排除ローラー」

2017/7/12(水) 10:41配信



東京・銀座で、飲食店への暴力団の関与を排除するため、警視庁による過去最大規模の巡回パトロールが行われた。

「暴力団排除ローラー」は、銀座を縄張りとして、飲食店などからみかじめ料を脅し取っていた暴力団の組長らが、6月に逮捕されたことを受けたもの。

パトロールは、およそ150人の捜査員で行われ、過去最大規模となった。

参照元 : ホウドウキョク

指定暴力団山口組が「共謀罪を考える」と題する文書を組員らに配り、「暴力団目線」で改正法を読み解く

ヤクザが集中的に…山口組「共謀罪を考える」文書配布

2017/7/12(水) 11:24配信



ヤクザが集中的に狙われ、親分クラスまで罪に問われる――。「共謀罪」の趣旨を盛り込んだ改正組織犯罪処罰法が施行されたが、指定暴力団山口組が「共謀罪を考える」と題する文書を組員らに配り、「暴力団目線」で改正法を読み解いている。

朝日新聞が入手した文書は4ページ。「はじめに」で、「法律の実績作りのためにヤクザが集中的に対象とされる」と訴え、「共謀罪とヤクザ」の項で改正法の狙いについて、「トップを含め、根こそぎ摘発、有罪にしようというもの」と説明している。

その後、法律の内容や「想定される適用例」を新聞記事を引用しながら解説。銃刀法違反容疑で組員が逮捕された例を挙げ、「警察に殺人目的とでっち上げられ、他の組員、幹部、さらには親分クラスが共謀罪に問われるケースも起こりえる」とした。

参照元 : 朝日新聞





2017年7月11日火曜日

指定暴力団会津小鉄会の6代目会長名義の文書を偽造した容疑で4人が逮捕 山口組総本部を捜索

山口組総本部・事務所を捜索 会津小鉄会「7代目」名乗る文書偽造容疑

2017/7/11(火) 18:41配信



指定暴力団会津小鉄会(京都市)の6代目会長名義の文書を偽造したとして、有印私文書偽造・同行使容疑で同会若頭の原田昇(本名・津(つ)波(は)廣(こう)保(ほ))容疑者(64)=同会直系「心誠会」組長=と原田容疑者に近い指定暴力団山口組系組長(67)ら4人が逮捕された事件で、京都府警は11日、同容疑で山口組総本部事務所(神戸市)を家宅捜索した。

家宅捜索は同日午後2時10分ごろから、捜査員ら約60人態勢で実施。盾を持った機動隊員らも警戒にあたったが、捜索は約30分で終了し、目立った混乱もなかった。

同会は会長人事をめぐって内部分裂。原田容疑者は自らが後継の7代目会長だとする文書を偽造したなどとして逮捕された。原田容疑者らが文書を出した直後、6代目会長名でこの内容を否定し、原田容疑者を絶縁とする内容の文書が流れた。

参照元 : 産経新聞

自動車整備工場に、回転弾倉式拳銃1丁、実包10発、火薬類である不発実包6発を保管、所持した疑い 暴力団「浪川会」傘下組織組長ら4人逮捕

自動車整備工場に拳銃1丁、実弾保管 容疑で暴力団組長ら4人逮捕 福岡県警

2017/7/10(月) 11:32配信



福岡県警は10日、銃刀法違反および火薬類取締法違反容疑で、福岡県大牟田市、暴力団浪川会傘下組織組長の男(46)ら男4人を同日までに逮捕したとと発表した。

逮捕容疑は、共謀し、4月10日、同市内になる自動車整備工場に、回転弾倉式拳銃1丁、実包10発、火薬類である不発実包6発を保管、所持した疑い。

参照元 : 西日本新聞

浪川会



浪川会(なみかわかい)は、福岡県大牟田市上官町2-4-2村上ビル2Fに本部を置き、東京都台東区三筋2-10-13に東京事務所を置く指定暴力団。構成員は2016年末の時点で約240人。

略歴
浪川睦会
2013年10月07日、浪川政浩(朴政浩)は、浪川睦会を結成して、浪川睦会会長に襲名した。
2013年12月10日、福岡県公安委員会は、浪川睦会を「特定抗争指定暴力団」に指定した。
2014年06月27日、福岡県公安委員会は、四代目道仁会と浪川睦会の「特定抗争指定暴力団」を解除した。

浪川会
2015年、浪川睦会から浪川会に改称した。

当代
会長:浪川政浩(二代目九州誠道会会長/九州誠道会理事長/三代目村上一家若頭)

構成
会長 - 浪川政浩
相談役 - 中原末光(中原組組長)
会長代行 - 永石秀三(永石組組長)
会長補佐 - 藤村英市(藤村組組長)
副会長 - 柴野正治(浪川総業組長)
副会長 - 高尾 清(高尾組組長)
幹部総代 - 山寿 治(二代目川口組組長)
理事長 - 高柳弘之(高柳組組長)
総本部長 - 梅木一馬(五代目村上一家総長)
本部長 - 神宮光彦(神宮組組長)
幹事長 - 佐村政実(佐政総業組長)
副理事長 - 吉田一彦(吉田組組長)
副理事長 - 宮本泥棒(浪勝総業組長)
本部統括長 - 野中 誠(三代目村上会会長)
本部統括長 - 田辺敏治(田辺総業組長)
組織委員長 - 森 郁宣(二代目田中総業組長)
渉外委員長 - 三井明博(二代目城後組組長)
慶弔委員長 - 金田信翁(金竜会会長)
事務局長 - 矢口 旭(矢口組組長)
監査役 - 嬉野勝郎(嬉野組組長)
直参-古賀信昭 (古賀信組組長)
直参-渡邊大二郎(永虎組組長)

参照元 : wiki/浪川会

2017年7月8日土曜日

山口組の直系組長が、暴力団組員であることを隠して銀行口座開設で逮捕 大阪府警が山口組総本部に家宅捜索

山口組直系組長を逮捕 総本部に家宅捜索

2017/7/7(金) 12:15配信



指定暴力団・山口組の直系組長が、暴力団組員であることを隠して銀行口座を開設した疑いで逮捕され、大阪府警は山口組総本部に家宅捜索に入りました。

午前10時40分ごろ、神戸市灘区にある指定暴力団・山口組の総本部に大阪府警が捜査員100人態勢で捜索に入りました。

山口組傘下の章友会会長松岡錠司容疑者(49)は、今月4日、妻の名義でインターネット銀行の口座を開設し、キャッシュカードなどを騙し取った疑いで逮捕されました。

警察によると、この口座には競馬の馬券購入と配当金でおよそ10億円の出入りがあったということで、警察は組織的な犯罪行為に利用されていなかったか調べています。

参照元 : 関西テレビ









2017年7月4日火曜日

【2年前の筑邦銀行発砲事件】強盗未遂や銃刀法違反などの容疑で指定暴力団「道仁会」傘下組織幹部を逮捕

強盗未遂容疑で組幹部逮捕=15年の銀行発砲事件―福岡県警

2017/7/4(火) 10:14配信

福岡県久留米市で2015年7月、筑邦銀行東合川支店に男が押し入り拳銃を発砲した事件で、県警暴力団犯罪捜査課などは4日、強盗未遂や銃刀法違反(発射)などの容疑で指定暴力団道仁会傘下組織幹部の下川大容疑者(40)=同市通町=を逮捕した。

県警は認否を明らかにしていない。

逮捕容疑は15年7月24日午後3時ごろ、同支店で職員に拳銃の銃口を向け、「金を出せ」などと脅してリュックサックを手渡し、拳銃を3発発射して天井を損壊した疑い。

行員が要求を拒否したため、男は何も取らずにバイクで逃走した。けが人はなく、現場から銃弾や薬きょうなどが見つかった。

同課によると、下川容疑者が使用していた久留米市内の倉庫で拳銃が見つかり、支店に残っていた銃弾の線条痕が一致した。

参照元 : 時事通信

道仁会



道仁会(どうじんかい)は、日本の福岡県久留米市に本部を置く指定暴力団。2012年より改正暴対法に基づく“特定抗争指定暴力団”(‐2014年)。構成員の総数は2016年末の時点で約540人。福岡県のほかにも佐賀県や熊本県などに系列組織を置いている。

顕著なる反権力性、反警察的色彩ならびに極度の好戦的傾向から知られる暴力団組織で、その結成からというもの数多の抗争事件をもってその名を知らしめてきた。10倍近い勢力を有する山口組を相手に一歩も引かない姿勢を示した1980年代のいわゆる『山道抗争』における激烈な戦闘行動や、関東地方の大組織・住吉連合会との突発的な抗争に際し破壊的な総力戦を敢行しようとしたことなどから、暴力団界にあって際立った畏怖を伴う“恐ろしい”組織であるとの評判が定着。

長年にわたって日本屈指の強力な犯罪組織としてあり続けており、その性質面について、安田雅企は“信じ難い蛮勇”を有する組織であると、ジェイク・エーデルスタインは“とりわけ獰猛(凶暴)な組織”であると述べる。

2000年代中盤頃からは、人事を巡って分裂した九州誠道会を相手とした、暴力団史に類を見ないほどの極めて破壊的な銃火器類を多用した激しい抗争の当事者となり、全国的な関心を惹起する事態ともなった。抗争終結宣言に至る2013年までに、マシンガンや手榴弾を用いた47件の抗争事件で14名の死者を発生させるに至った。

来歴
1971年に古賀一家を含む4団体が合体し道仁会を結成。この統合を主導したのが初代会長の古賀磯次であった。やがて初代の幹事長であった松尾誠次郎が1992年に二代目を襲名。同年に暴力団対策法に基づく指定暴力団への登録を受ける。2006年における松尾の引退に伴い、傘下松尾組の首領であった大中義久を会長とする三代目体制が発足するも、同時期に離反した九州誠道会の手により翌2007年に大中が射殺されたことから早くも終焉。当時服役中であった小林哲治が四代目を継承した。

抗争史
道仁会が当事者となってきた数々の抗争事件のうち、20世紀における主要なものとしては、1978年における大牟田市内の名門暴力団組織・馬場一家との抗争、1980年における伊豆組内伊豆一家との抗争、1982年における久留米市内の向山一家との抗争、1983年における馬場一家との第二次抗争および住吉連合会との抗争、そして1986年からおおよそ8ヶ月間にわたって続いた山口組との抗争が挙げられる。

住吉連合会との抗争に際しては、組員らが大挙して上京したうえで東京都内に潜伏、同時多発急襲寸前というところまで事が進んだものの、まさに間一髪という時点で落着。のちに“山道抗争”として語られるようになった山口組との抗争は、その膨大な発砲回数と死傷者の急増から全国的なマスメディアの関心を惹起することにもなった。

対九州誠道会
長年にわたり組織を率いた松尾誠次郎が2006年に引退を表明。これに際して大牟田市を本拠地とする村上一家を中心とした勢力が次期の人事決定に反発し、道仁会から脱退したうえで、“九州誠道会”という名の新団体を発足させた。これが抗争の起こりであった。

年内にさっそく本部事務所がAK-47アサルトライフルによる激しい掃射を受け、それから2年間のうちに7名の死者を計上した。誠道会側からの終結の宣言が行われた2008年頃からしばらくは局所的な抗争事件が発生するに留まっていたものの、やがて再燃し、特に2011年に入ってからは激化が確認されている。

2011年度の目立った関係事案あるいは関係が疑われる事案としては、誠道会系元組長を含む2名が誠道会本部事務所の至近地で乗車していたワゴンごと電柱に衝突し即死、爆発炎上後の車内から手榴弾が発見された事件や、佐賀県伊万里市で組員が誠道会系幹部を回転式拳銃で射殺した事件、佐賀県小城市で組員と疑われる男が誠道会系組員の居宅を襲ったうえで刺殺した事件、大川市で道仁会関係と見られる車と誠道会系組員らの乗る車とがいわゆるカーチェイスによる銃撃戦を展開した事件、会長宅が機関銃や手榴弾で武装した誠道会関係者による襲撃を受けた事件などが幅広く報道された。このような抗争状態を背景とし、2012年12月、九州誠道会とともに改正暴対法に基づく“特定抗争指定暴力団”の指定対象となった。

2013年6月、九州誠道会との抗争終結の旨の宣言書を福岡県警久留米署へ提出。その後、特定抗争指定暴力団の指定は2014年6月26日をもって解除された。

最高幹部
初代会長は古賀磯次、2代目は松尾誠次郎、3代目は大中義久(松尾義久)、4代目は小林哲治。初代会長の古賀は2009年に74歳で死去。3代目の大中は2007年に乗用車から降りたところを頭部に銃撃を受けて即死。

会長 - 小林哲治
会長代行 - 篠塚信之
本部長 - 森憲一郎
組織委員長 - 平山貞男
副理事長 - 志岐公司
副理事長 - 福田憲一
事務局長 - 浦仲長次朗

参照元 : wiki/道仁会

【前橋スナック4人死亡・拳銃乱射事件】住吉会系元組幹部ら3人の男が事件に関与!殺人容疑で矢野死刑囚を再逮捕し、3人を容疑者死亡で書類送検

<矢野死刑囚>殺人容疑で再逮捕へ 死亡の3人が関与か

2017/7/4(火) 11:11配信



2003年に前橋市のスナックで4人が死亡した拳銃乱射事件などで死刑が確定した元暴力団組長、矢野治死刑囚(68)が21年前に失踪した男性の殺害を告白した事件で、矢野死刑囚の他に住吉会系元組幹部ら3人の男(いずれも既に死亡)が事件に関与していた疑いがあることが、捜査関係者への取材で分かった。警視庁組織犯罪対策4課は4日、殺人容疑で矢野死刑囚を再逮捕し、3人を容疑者死亡で書類送検する。

捜査関係者によると、矢野死刑囚は1996年8月上旬ごろ、3人と共謀し神奈川県伊勢原市の不動産業、津川静夫さん(失踪時60歳)を殺害した疑いが持たれている。津川さんは自宅を出たまま行方不明になり、家族が神奈川県警に捜索願を出していた。

共謀した3人のうち、元幹部が矢野死刑囚に津川さんの殺害を依頼し、他の2人は矢野死刑囚から指示を受けて殺害に関わるなどしたとみられている。津川さんは小田急線伊勢原駅前の土地を巡って元幹部とトラブルになっていたという。

矢野死刑囚は15年5月と6月に「元幹部に頼まれ、別の組員に殺害を指示した」などと告白する文書2通を警視庁に提出。同課は昨年4月、矢野死刑囚らの証言に基づいて伊勢原市の山林を捜索し、津川さんの遺体を発見していた。【黒川晋史】

参照元 : 毎日新聞

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●指定暴力団・住吉会系の元会長・矢野治死刑囚(68)を、行方不明の男性殺害容疑で逮捕へ

2017年7月3日月曜日

【銀座・みかじめ料事件】別の店からも現金を脅し取っていた容疑で山口組系傘下の3次団体の組長ら再逮捕

銀座で「みかじめ料」1億円超 暴力団組長ら再逮捕

2017/07/03 11:57



東京・銀座の飲食店経営者などから現金を脅し取ったとして暴力団の組長らが逮捕された事件で、警視庁は組長らが別の店からも現金を脅し取っていたなどとして再逮捕しました。

山口組系傘下の3次団体の組長・梅木寿史容疑者(54)らは銀座の飲食店経営者などから「みかじめ料」として、毎月、数万円を脅し取っていた疑いで先月に逮捕されました。警視庁は3日、別の飲食店経営者らからも金を脅し取っていたなどとして、梅木容疑者ら6人を再逮捕しました。

警視庁によりますと、梅木容疑者らは新規オープンの店を狙って金を要求していたほか、道路を勝手に駐車場と設定して金を脅し取っていました。2001年以降、1億円近くを集めていたとみられています。警視庁は被害者からも話を聞くなどして、みかじめ料徴収の実態解明を進める方針です。

参照元 : テレ朝ニュース















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●東京・銀座の飲食店経営者などから「みかじめ料」を脅し取る 山口組系傘下の3次団体の組長ら8人逮捕

メキシコの麻薬組織と治安部隊の間で銃撃戦が相次ぎ、少なくとも計19人死亡、警官5人負傷

メキシコ麻薬組織と治安部隊が衝突、19人死亡

2017/7/2(日) 22:14配信

【ロサンゼルス=田原徳容】メキシコ北西部シナロア州の治安当局は1日、同州で麻薬組織の武装集団と治安部隊の間で銃撃戦が相次ぎ、少なくとも計19人が死亡し、警官5人が負傷したと発表した。

メキシコでは、最大規模の麻薬密売組織「シナロア・カルテル」の幹部で「麻薬王」と呼ばれるホアキン・グスマン受刑者が今年1月、身柄の引き渡しを求めていた米国に移送されて以降、麻薬密輸を巡る殺人事件が激増している。

参照元 : 読売新聞


メキシコ麻薬戦争









メキシコ麻薬戦争(メキシコまやくせんそう)は、麻薬組織(カルテル)同士の縄張り争い、および麻薬密売の取締を推進するメキシコ政府と麻薬カルテルとの間で進行中の武力紛争のことを指す。メキシコ検察当局の発表によれば、2011年9月までのおよそ5年間に麻薬組織による犯罪や抗争に巻き込まれるなどして4万7515人が殺害されている。

メキシコの麻薬カルテルや麻薬密売組織は何十年も前から存在していたが、1990年代にコロンビアのカリ・カルテルおよびメデジン・カルテルが壊滅したことによってより強い力を付け始めた。メキシコの麻薬カルテルは、現在アメリカの違法薬物の卸売市場を支配している。麻薬カルテルの中心メンバー、特にティファナ・カルテルとガルフ・カルテルの主要メンバーが拘束されて以降、麻薬カルテルはアメリカにおける麻薬の輸送ルート確保にいっそう力を入れるようになったため、麻薬にかかわる暴力事件はむしろ増加傾向にある。

メキシコは麻薬の主要な生産国、中継国であり、アメリカへの大麻およびメタンフェタミンの主要な供給元となっている。メキシコのヘロイン生産のシェアは世界的に見ればわずかではあるものの、アメリカへのヘロイン供給では大きなシェアを占めている。現在アメリカ国内に流入する外国製麻薬のおよそ70 %がメキシコの麻薬カルテルの支配下にある。

アメリカ合衆国国務省は、コロンビアで生産されメキシコを経由してアメリカに流入するコカインは全体の90%にも及ぶと見積っている。また、これらの違法薬物の卸売による売り上げは年間で136億ドルから484億ドルになると見られている。アメリカによる電子送金の監視が厳しい現状から、メキシコの麻薬密売人は車やトラックによってメキシコへ麻薬取引の代金を持ち込んでおり、その金額も増え続けている。

2009年には、マリファナ、ヘロイン、コカインの個人所持が合法化され、2011年6月には薬物政策国際委員会によって、薬物戦争は多くの被害を出し失敗に終わったことが宣言された。

2006年に誕生したカルデロン政権による、麻薬カルテルに対しての峻烈な清掃作戦は一定の効果も上げ、民間人を巻き込みながらも大量(情報の出所により幅があるが概ね2万人規模)の麻薬カルテルメンバーを逮捕、又は、射殺等で代理処刑することで対策している。

現在
2014年2月にメキシコ麻薬界最大の大物と言われ、経済誌フォーブスにビリオネアとしてランクインもしている、シナロア・カルテルのボス『ホアキン・グスマン』が逮捕された。

シナロア・カルテルはメキシコ最大の麻薬カルテルであるが、2010年7月にはメキシコ軍の清掃作戦によって、ナンバー2のイグナシオ・コロネル・ビラレアルが射殺され[39]、今回のグスマンの逮捕によって指導者は不在となった。

また、常軌を逸した凶悪性・残虐性で知られる、『ロス・セタス』に至っては、創設者の二人が収監・射殺されており、セタスをガルフ・カルテルから離脱させ、常軌を逸した凶悪・残虐集団へと変容させた張本人、『エリベルト・ラスカノ』が2012年10月に軍の清掃作戦によって射殺され、後継者のミゲル・トレビーニョ・モラレスは翌年、2013年7月に逮捕され現在も身柄拘禁中である。

80年代以降に創設された麻薬カルテルのボスや最高幹部の殆どが、逮捕、又は、射殺されており、その殆どが2000年代以降、特にカルデロン政権が本格的に麻薬戦争を開始した2007年以降に集中している。

カルデロン政権は、麻薬組織に対し極めて厳しい姿勢で対峙しており、逮捕したメンバーには峻烈な拷問が加えられているとも言われ、麻薬組織はメンバーが警察や軍に組織の情報を提供すると、そのメンバーの親族が殺害される等、凶悪・残虐極まる麻薬組織の掟があるが、厳しい拷問に耐えられず多くのメンバーが白状しているという。

また、有益な情報を白状したメンバーには恩赦が与えられたり、刑務所内で好きな物を食べさせたり、携帯電話やアルコール・煙草を与える等、特別待遇で優遇しているとも言われており、捜査当局・司法当局に対する批判が根強いのも事実である。

だが、カルデロン政権による犯罪組織に対する壊滅作戦は着実かつ大きな結果を出しており、国内外問わず、高い評価を得ているのも事実である。

歴史
メキシコはその地理的位置関係から麻薬の積み替え地としての足場に使われており、メキシコや南米、その他の地域から不法入国した移民と密輸品がメキシコ経由でアメリカへと運ばれた。1980年代から1990年初頭にかけて、コロンビアのパブロ・エスコバルは大規模なコカインの輸出を行っており、世界中で構築された犯罪者ネットワークを用いて麻薬取引を行った。1982年にレーガン米大統領が断行した麻薬掃討作戦以後、南部フロリダおよびカリブ海地域での取り締まりが強化されると、コロンビアからフロリダへの密輸は、極めて難しい状況となった。

コロンビアの組織は、メキシコの密売人たちと協力関係を結び、メキシコ経由でアメリカにコカインを輸送することを試み、成功した。米墨国境は、全長3,141kmにも及び、国境上にはリオグランデ川、アリゾナの砂漠、国境都市などが存在する。そのうえ、年間数億人が横断するこの国境では、麻薬の密輸を完全に防ぐことは困難を極める。

こうした条件が、コロンビアからメキシコを経由してアメリカへと密輸されるルートの確立を可能にした。現在では、カリブ海ルートよりも、この米墨国境ルートを用いた麻薬密輸が大半を占め、アメリカで流通するコカインの9割はメキシコを経由していると言われている。

メキシコが長くヘロインと大麻の主要生産地であったこともありこの協力は簡単に成功し、メキシコの麻薬密売人たちよってコロンビアの商人が利用するための活動基盤が既に整っていた。1980年代中頃までにメキシコの密売組織は、コロンビアからのコカインの輸送者として安定した信頼を得ていた。

始めはメキシコのギャング達は密輸サービスの対価として現金を受け取っていたが、1980年代後期になるとメキシコの輸送組織とコロンビアの麻薬密売人は支払協定に同意し、メキシコの輸送組織にはコカインの出荷量の35から50 %が与えられるようになった。

この取り決めは、メキシコの組織がコカインの輸送のみならず販売にまでも関わるようになったことを意味しており、自らの権利のための強力な商人となったことを意味している。現在では、シナロア・カルテルとガルフ・カルテルは世界的な密売コカインの市場までをもコロンビアから買収するまでに至っている。

時間と共にメキシコの様々な麻薬カルテル間の力の均衡は変化しており、新興勢力の台頭と古い勢力の衰退が起こっている。カルテルのリーダーの死亡や逮捕等による組織の混乱が起こると、それによって生じる力の空白を利用しようとライバル組織が動いて流血が引き起こされる。

指導者の空白状態は特定のカルテルに対する法の執行によって作り出される。このため、カルテルはメキシコの司法当局を買収してライバルのカルテルに対する訴訟を起こさせたり、メキシコ政府やアメリカの麻薬取締局 (DEA)にライバルのカルテルの情報を漏洩するなどして、互いに法の執行を利用しようとしている。

多くの要因が暴力の拡大に貢献しているが、メキシコの都市のセキュリティーアナリストは、制度的革命党によって管理された、メキシコ政府と麻薬密売組織との間に存在した長年の暗黙の了解が、1980年代後期に制度的革命党の政権を握る力が失われたことによって解消されたことが不幸の増加の原因であると見ている。

敵対する麻薬カルテル間の闘争は、1989年にメキシコでコカイン会社を経営していたミゲル・アンヘル・フェリクス・ガジャルド(英語版)の逮捕後に本格的に始まった[46]。1990年代の後期の間は抗争が小康状態にあったが、2000年以降、暴力は着実に深刻化している。

ビセンテ・フォックス・ケサーダ大統領
2000年にビセンテ・フォックス・ケサーダ大統領は川の対岸をアメリカと接するタマウリパス州のヌエボ・ラレドへと軍を派遣したが、それは暴力事件の増加を招くことになった。その後の2005年1月から8月の間に、ガルフ・カルテルおよびシナロア・カルテルの抗争によりヌエボ・ラレドの街では110人が死亡したと伝えられている。また同年、ラ・ファミリア・カルテルがミチョアカン州内での勢力拡大を計ったことにより事件が急増した。

フェリペ・カルデロン大統領
麻薬組織間の暴力行為は麻薬戦争が始まるずっと以前から起こっていたが、1990年代から2000年代前半にかけては、カルテルの暴力に対して政府は受け身のスタンスを保持した。2006年12月11日、新しく選ばれたフェリペ・カルデロン大統領が麻薬組織による暴力をそこで終わらせるために6,500人の連邦国軍をミチョアカン州に派遣したことで、政府のスタンスが変化した。この行動は、犯罪組織に対する初めての大きな行動であると考えられており、通常、政府と麻薬カルテルとの間の戦争の開始点であると見られている。

時が経つにつれ、カルデロンは彼の反麻薬キャンペーンの拡大を継続するため、現在では45,000人の軍とそれに関与して加わった州兵および連邦警察官を動員している。2010年にカルデロンはカルテルが「政府にとって代わる」事を求めており、「武器による独占を強要しようとし、彼ら自身の法律を強要しようとさえしている」と述べた。

紛争の激化
2008年4月、バハ・カリフォルニア州における反麻薬キャンペーンの担当者だったセルジオ・アポンテ将軍は地元の警察に対していくつかの横領の申し立てを行った。アポンテはその申し立ての間に、バハ・カリフォルニア州の誘拐対策班が実は犯罪組織の誘拐チームと共に働いていると考えており、その買収された警察官が麻薬密売のボディーガードとして使われていると述べた。これらの腐敗の告発によって、贈収賄や脅迫、腐敗によってメキシコの麻薬組織に対する進展が妨害されていたことが暗示された。

▼ランダム・チェックポイント(en)で活動中のメキシコ軍(2009年)



▼ミチョアカン州でのメキシコ軍による逮捕劇



▼ミチョアカン州アパチンガンにおけるメキシコ軍(2007年)



2008年4月26日、バハ・カリフォルニア州のティファナ市において、ティファナ・カルテルとシナロア・カルテルのメンバーの間で大きな戦闘が起こり、17人の死者を出した[50]。この戦いはまた、ティファナ市およびいくつかの国境都市が戦争によって暴力のホットスポットとなることで、アメリカへ暴力が拡大されるのではないかという懸念をもたらした。2008年9月、モレリアでカルテルのメンバーを容疑者とする手榴弾攻撃が起こり、8人の一般人が死亡し、100人以上が負傷した。

2009年3月には、カルデロン大統領はさらに5,000人のメキシコ軍を招集し、シウダー・フアレスに派遣した。アメリカ国土安全保障省はアメリカに国境を越えて溢れ出してくるメキシコの麻薬による暴力に対抗するために国境警備隊を用いることも考えていると述べた。アリゾナ州およびテキサス州の知事は、連邦政府に対して、既にそこで活動している麻薬密売に対する地域の警察組織を支えるために、国境警備隊の部隊のさらなる派遣要請を行った。

アメリカ麻薬情報局 (en, NDIC)によると、メキシコのカルテルは南米のコカインとメキシコで生産された大麻、メタンフェタミンおよびヘロインの支配的な密輸業者および卸売業者である。メキシコのカルテルは以前から存在したが、コロンビアにおけるメデジン・カルテルおよびカリ・カルテルの終焉によって近年ますます力をつけてきた。

フロリダを通じてのコカイン密売ルートの閉鎖によってコカインのルートがメキシコ側にプッシュされたことも、コカイン密売におけるメキシコのカルテルの役割を増大させた。メキシコのカルテルは、コロンビアやドミニカの犯罪グループによって制御される地域でこれらの麻薬の販売を行い、メキシコのカルテルの勢力圏を拡大しており、現在そこにはアメリカの大部分も含まれると信じられている。

メキシコのカルテルは、現在アメリカにおける麻薬密売を支配する強力な暴力組織となっており、もはやコロンビアの生産者は単なる仲介となっている。FBIによると、メキシコのカルテルは卸売の供給にのみ集中しており、違法薬物の小売販売はストリートギャングに任せている。伝えられるところにおいては、メキシコのカルテルはアメリカのギャング紛争において、一方に味方せず、複数のギャングの要求によって働くとされている。

メキシコのカルテルはメキシコの領域と何十もの自治体の大きな面積を勢力圏におき、メキシコの選挙によって政治的に影響力を増大しようと働きかけている。カルテルは、ヌエボ・ラレドからサンディエゴまでの密輸ルートのキーポイントにおいて激しい縄張り争いを行っている。メキシコのカルテルは刺客やシカリオスとして知られる暗殺者のグループを使用する。

アメリカの麻薬取締局は、今日国境に沿って活動しているメキシコの麻薬カルテルは、アメリカの警察史上他のどの犯罪者組織よりもはるかに危険で洗練されていると報告している。カルテルはグレネードランチャーや自動兵器、ボディアーマーを使用し、時に戦闘用ヘルメットも用いる。また、いくつかの組織では即席爆発装置 (IED)を使うことも知られている。

犠牲者数は時と共に大幅に増加した。ストラトフォーの報告によると、麻薬戦争に関係した死者は2006年に2119人、2007年には2275人であったが、2008年には5207人と2倍以上になった。次の2年に渡っては、さらに数が大幅に増加し、2009年には6598人、2010年には11,000以上の死者が出ている。

メキシコのカルテル



起源
メキシコの麻薬カルテルの起源は、元メキシコ連邦警察のエージェントであり、「ゴッド・ファーザー」と呼ばれたミゲル・アンヘル・フェリクス・ガジャルド(英語版)まで辿ることが出来る。彼は、1980年代にメキシコにおける全ての違法薬物の取引および、メキシコ - アメリカ国境を横切る通路を管理していた。彼はマリファナとアヘンのアメリカへの密輸を始め、1980年代にコロンビアのコカインカルテルと結びつき、メキシコで初めての麻薬組織(後に『グアダラハラ・カルテル(英語版)』と呼ばれる)のボスとなった。

フェリクス・ガジャルドはそのコネクションを通じてパブロ・エスコバルによってメデジン・カルテルとの交渉人となった。フェリクス・ガジャルドが、コロンビアに基盤を置く密売人たちに貢献するための基盤を既に設立していたため、それは簡単に成立した。

その当時、メキシコにはカルテルが無く、フェリクス・ガジャルドは麻薬王として支配していた。彼は彼の仲間と、彼の保護下にある政治家の全ての活動を監視していた。フェリクス・ガジャルドは目立たないように努め、1987年に彼はグアダラハラ市内へと彼の家族と共に移動した。「ゴッド・ファーザー」は、効率化および警察の強襲に備えるために、彼の管理する麻薬取引を分割することに決めた。

麻薬取締局にまだ知られていないか、まだ有名でなかったボスによって密かに送り返されている間に、ある意味で、彼はメキシコの麻薬ビジネスを民営化した。フェリクス・ガジャルドは国の麻薬組織のトップをアカプルコのリゾート地に広場や地域を指定して招集した。

そして、ティファナ・ルートはアレジャノ・フェリックス兄弟に、シウダー・フアレス・ルートはカリージョ・フエンテス・ファミリーへと引き継がれ、ミゲル・カロ・キンテロはソノラ回廊を経営した。タマウリパス州のマタモロスの支配は丸ごとフアン・ガルシア・アブレゴに引き継がれ、後のガルフ・カルテルとなった。

ホアキン・グスマンとイスマエル・サンバダ・ガルシアは太平洋の沿岸活動買収し、後のシナロア・カルテルとなった[要出典]。グスマンとザンバダはベテランのヘクトール・ルイス・パルマ・サラザールを呼び戻して手を組んだ。フェリクス・ガジャルドは重要なコネクションは維持したままであり、まだ国家の活動を監視する予定であったが、ビジネスの詳細までは把握しきれなくなっていた。フェリクス・ガジャルドは1989年4月8日に逮捕された。彼の逮捕は、より大きな力への貪欲な欲求によって、新しく作られ独立したカルテル間の対立を刺激した。

現在のカルテル

麻薬カルテル間の同盟もしくは協定は脆く、緊張していて、一時的なものであることが示されている。2010年2月から、主要なカルテルは2つの派閥に連携された。一つは、フアレス・カルテル、ティファナ・カルテル、ロス・セタスおよびベルトラン・レイバ・カルテルによって統合され、もう一つはガルフ・カルテル、シナロア・カルテルおよびラ・ファミリア・ミチョアカーナによって統合された。

▼DEAに摘発されたカルテルの札束と武器



メキシコの麻薬カルテルは、アメリカにおける流通ネットワークを拡大するために、アメリカのストリート・ギャングやプリズン・ギャングとの協力関係を強化している。

シナロア・カルテル
シナロア・カルテルは2003年3月にガルフ・カルテルのリーダーであるオシエル・カルデナス・ギジェンが逮捕された後、南西テキサスの密輸ルートの支配権を求めてガルフ・カルテルと争い始めた。2006年にシナロア州の太平洋沿岸に位置するいくつかのグループの間で協定が結ばれ、その結果「連邦」が形成された。シナロア・カルテルはメキシコの最重要指名手配犯であり、フォーブズ・マガジンによって10億ドルの資本を有していると見積もられ世界で701番目の富豪であるとされるホアキン・「エル・チャポ」・グスマンによって指導される。

▼シナロア・カルテルのボスが載っている地図



2010年2月に、ロス・セタスとベルトラン・レイバ・カルテルに対抗するために新しい同盟が作られた。2010年5月にメキシコとアメリカのマスコミが発表した多数のレポートでは、シナロア・カルテルはメキシコの連邦政府と軍隊に組織の人員を浸透させて、他のカルテルを破壊するためにそれと共謀したと主張している。コリマ・カルテル、ソノラ・カルテル、ミレニオ・カルテルは現在シナロア・カルテルの枝である。

ロス・セタス
ガルフ・カルテルの組長であったオシエル・カルデナス・ギリェンが創設。元特殊部隊隊長のアルトゥーロ・グスマン・デセナ大尉が元同僚や部下の隊員を次々に高給で引き抜き、武装も強化。戦闘力を飛躍的に高めた。セタスとはこのグスマン大尉が連邦司法警察に属していた頃の無線コード「Z」(市街地・前線担当)にちなんでいる。メキシコの多くでガルフ・カルテルの麻薬取引の支配に役立ち、オシロス・エル・カルデナス・ギリェン逮捕後、北の都市でのカルテルの影響力を維持するために戦った。前シナロア・カルテルの指導者であったベルトラン・レイバ兄弟と取引し、2010年2月に旧雇い主でありパートナーでもあったガルフ・カルテルのライバルとなった。

▼ラ・ファミリア・カルテルが取引していたコカイン



殺戮行為は残虐を極め、警官、敵対組織の売人、麻薬組織を批判した弁護士、麻薬栽培を拒否した農民等相手を選ばず殺害、死体を損壊した上に「Z」の刻印をして路上に晒すなどの事件を頻繁に繰り返している。戦闘力は単なる麻薬組織の私兵のレベルにとどまらず、高性能のボディアーマー、ヘリコプター、機関銃、対空ミサイル、自作の装甲車や半潜水艇まで所有している。傘下には専門の盗聴・無線傍受部隊や情報収集組織を配置している。

ベルトラン・レイバ・カルテル
ベルトラン・レイバ兄弟がシナロア・カルテルで以前提携していたロス・セタスと2008年に同盟関係となった。2010年2月から、メキシコの他のすべての麻薬カルテルに対してロス・セタスと共に戦っている。

ラ・ファミリア・カルテル
ラ・ファミリア・ミチョアカーナはミチョアカン州を基盤としている。以前はガルフ・カルテルおよびロス・セタスと同盟を組んでいたが、ラ・ファミリアは今は分裂して独立した組織となっている。2010年2月、ラ・ファミリアは、ロス・セタスとベルトラン・レイバ・カルテルとの同盟に対抗してガルフ・カルテルとの同盟を作り上げた。

ガルフ・カルテル
ガルフ・カルテルはタマウリパス州のマタモロスを基盤としている、近年メキシコの2つの有力なカルテルの内の1つである。1990年代後期に、ロス・セタスと呼ばれる暗殺者集団を個人的な傭兵軍として雇い入れ、2006年には正式なパートナーとして格上げした。しかし、2010年2月にロス・セタスとの同盟は解消され、両組織はタマウリパス州のいくつかの都市境界全域での広範囲に及ぶ暴力事件に携わり、いくつかの境界の町を「ゴーストタウン」に変えた。

フアレス・カルテル
フアレス・カルテルは、毎年メキシコからアメリカへと入っている、何億ドルもの価値のある違法麻薬の主要な密輸ルートの1つを支配している。1990年代にアマド・カリージョ・フエンテスがアメリカへの麻薬ルートの構築に成功。1997年に没後は、実子のビセンテ・カリージョや親戚のビセンテ・カリージョ・フエンテス(英語版)らが組織を引き継いだ。

2007年以降、フアレス・カルテルはその旧パートナーであるシナロア・カルテルとのシウダー・フアレスを巡る猛烈な戦闘によって身動きが出来なくなっている。ラ・リネアはフレアス・カルテルの武装勢力として働く、メキシコの麻薬密売集団およびチワワ州の腐敗した警官による組織である。ビセンテ・カリージョ・フエンテスはフレアス・カルテルの頭である。

ロス・ネグロス
ロス・ネグロスは、政府の治安部隊およびロス・セタスに対抗するために作られたシナロア・カルテルの武装勢力である。現在はエドガー・バルデス・ビジャレアルの組織で働いている。

ティフアナ・カルテル
アルジャノ・フェリクス・ファミリーのカルテルであるティフアナ・カルテルは、一度はメキシコで最も強い勢力の一つとなったが、数人のマフィアの頭が逮捕されて困難に陥った。ティフアナ・カルテルはガルフ・カルテルと短期間の同盟を結んだ。それは、頻繁にメキシコの軍事衝突の標的となり、より小さなグループに浸透しているかもしれない。伝えられるところによれば2003年にティフアナ・カルテルはオアハカ・カルテルと協力関係を結んだ。

銃の密輸
メキシコ人には、銃を保有する憲法上の権利がある[73]。しかし、軍によってコントロールされているために、メキシコシティーにある一つのガンショップから合法的に購入するのは非常に難しい。麻薬カルテルは、アメリカもしくはグアテマラの国境を通るか、船便か、もしくは軍や警官から盗んで銃を密輸する。

そのため、闇市場によって銃が広く流通している。多くの銃は犯罪歴の無い女性によってアメリカで購入され、親戚や恋人、知り合いなどを通じて密輸人の手に渡り、2、3丁ずつメキシコへ密輸される。

密輸される銃の最も一般的なタイプは、AR-15やAK-47などの自動小銃、FN Five-seveN自動拳銃、その他さまざまな50口径のライフルが含まれる。AR-15およびAK-47は、メキシコで押収される前にアメリカで半自動(セミオート、引き金を引いても1発しか発射されない)の設定で購入されているが、それらはフルオート(連射)ができるように改造されていた。

2009年、メキシコは4,400丁以上のAR-15およびAK-47の密輸をつかんでおり、内30%のAK-47はフルオート射撃が可能なように改造するために選ばれており、事実上アサルトライフルを製作しているようなものであった。

▼コルト・ファイヤーアームズ製 AR-15 A3 タクティカル・カービン



▼AK-47 スタイル・ライフル(現地ではCuerno de chivo(ヤギの角)と呼ばれている)



▼M4カービンとグレネード・ランチャー



また、複数の報告によると、治安部隊に対してグレネード・ランチャーが使われており、少なくとも12丁のM4カービンとM203 グレネードランチャーが押収された。いくつかのこれら強力な武器と関連したアクセサリーは、米軍基地から盗まれた物かもしれないと信じられている。

しかしながら、大部分の米軍グレードの手榴弾のような武器と対戦車ロケットは、中央アメリカやアジアでの戦争で残った、大量に供給された武器がカルテルによって獲得されたとも考えられる。2003年から2009年の間に150,000のメキシコ軍兵が逃亡したと報告されている。換言すれば、毎年メキシコ軍の約1/8が逃亡している事になり、これらの逃亡者は、政府から支給されたアメリカ製の自動小銃もいっしょに持ち去っている。

銃の起源
アメリカ政府は主にATF、ICE (en)およびアメリカ合衆国税関・国境警備局を通じて機材提供や訓練を行ってメキシコの技術を援助している。Project Gunrunner (en)は、メキシコ当局の協力とAFTの努力の一部分であり、その肝要は、アメリカに合法的に輸入されたか、アメリカで製造された銃を探すことを容易にするコンピューター・システムであるeTrace (en)を拡大させる事であった。

1992年以降(そして2009年)、米国議会調査部 (en)は、ATFの追跡システムはシステム操作上、法的な執行機関が個々の銃の所有履歴を確認することを助け、その統計を集めるようにはなっていなかったと述べた。とは言え、2008年の2月にはAFTのフィールド・オペレーションの次官であったウィリアム・フーバーは、アメリカ中の様々な出所に由来するメキシコへの銃の密輸の90%以上を回収したことを議会で証言した。

しかしながら、2010年9月にアメリカ合衆国の監査官局 (OIG, en)によるチェックによって、ATFは「メキシコの銃犯罪のごく一部にのみ適応したために議会での90 %という数字の言及は紛らわしくありえた」と認めた。

この2010年のOIGによる調査の間、ATFは、製造されるか輸入されるかしたことが判明している、アメリカに提供されたされたメキシコの銃犯罪に関する割合の情報の更新をすることが出来なかった。

そして、2010年11月にAFTに関するOIGの分析結果によると、27から44 %と非常に低い数字であったことが示唆された。OIGによるATFのデータの分析によって、メキシコにおける銃拡散を追跡する試みは成功ではなかったと結論付けられた。

カルテルによって使われる軍用品や銃はアメリカが唯一の供給元であるわけではない一方で、カルテルの使う銃の供給元はかなりの割合でアメリカの銃販売店その他から供給されていることが確認された。銃の密売人がしばし麻薬密売人と同様のルートを使うことも確立されており、さらに、ATFはメキシコのカルテルが銃と軍用品をメキシコ南方の境界に位置するグアテマラからメキシコへ輸送している事を発見した。

メキシコからの追跡要請の数は2006年度以降増加したが、メキシコに押収された銃の大部分は追跡されなかった。さらに、メキシコからの大部分の追跡要請は、最初に銃を売った銃商人の特定に成功せず、追跡の成功率はProject Gunrunnerの開始以降減少した。

成功していた大部分のメキシコの銃犯罪の追跡要請は、早まった、そして限られた調査の前例を生み出すために使われた。アメリカのOIGの役員によって面談されたメキシコの捜査当局の上官は、追跡情報の通常の規定が限られており、ATFが銃の追跡の価値をメキシコ当局に十分に伝えていなかったために、銃の追跡が重要な捜査ツールであると見ていなかった。

ATFもしくはメキシコの警官が追跡情報を即座に収集できなければ、それは利用できなくなる。メキシコの法律によれば、メキシコ政府に押収されたすべての銃は48時間以内にメキシコ軍に引き渡されなければならないとされている。

メキシコ軍が銃の保管を行った後、ATFまたはメキシコ連邦警察は追跡を開始するために必要な情報を集めるためのメキシコ軍との早い接触を行えそうにないということが明らかとなった。OIGの役員に面談されたメキシコ軍職員は、メキシコ軍の役目は武器を保管することであり、彼らは輸送調査を支援する特別な権限を有していないと述べた。

武器にアクセスするためには、ATFの職員は各々の銃のためにメキシコの司法長官へと正式に要請しなければならず、アクセスを必要とする詳細な理由を挙げ、要請された情報がメキシコの犯罪捜査に必要であることを証明することで、やっと銃のシリアル番号や種類が提供される。しかし、もしATFが銃の種類とシリアル番号を持っているならば、ATFの職員は銃へのアクセスを要求する必要はない。

多くの武器が、基本的な情報が収集される前に軍に引き渡されるため、多くの武器に関する情報は追跡に利用されず、大多数のメキシコの銃犯罪に用いられた銃の追跡がされていない。レポートによると、追跡データの質の悪さとその結果生じる高い失敗率は、トレーニングの不十分さを示唆しており、トレーニングは間違った人々に提供されたか、もしくはメキシコ警察の銃犯罪追跡に関する他の未確認の問題がある。

2010年11月にリリースされたOIGの最終報告では、ATFがメキシコの警察当局に銃追跡の価値を伝えることが出来なかったため、彼らは押収された犯罪に使われた銃から情報をたどる努力を優先させてeTraceへと入力することはありそうにないと結論付けた。

これは、メキシコ中でのスペイン語のeTraceを配備しようとするATFの計画の妨げとなっている。メキシコでの追跡の拡大がProject Gunrunnerの基礎であるため、現在、ATFのGunrunner戦略の実施の成功のためのかなりの障壁となっている。

OIGの報告もまた、メキシコ政府機関からの要請の支援と多くのトレーニングに応じることが出来ず、メキシコ当局からの情報要請をATFが未処理にしていたことが、メキシコの警察とAFTとの間での調整を阻害したと報告している。追加で、ATFがメキシコでのProject Gunrunnerの使命を完全に施行するための職員をメキシコのオフィスに置かなかったか構築しなかったことも判明した。

2009年、メキシコは彼らが305,424丁の押収された銃を保持していることを報告したが、2007年から2009年の間に追跡のためにATFに提出されたデータは、69,808丁の取り戻された銃の分だけであった。この押収物とトレースの差は、銃の権利団体が、大多数のメキシコの違法な銃が本当にアメリカから来たものなのかという問題を提言するような統計である。

アメリカの銃密売における傾向
およそ78,000人の銃のディーラーがアメリカにはいるが、銃が示す窃盗と個人的な売上高は、認可されたディーラーよりも、銃犯罪に使われた銃は密売人による物の方が大きい。銃の密輸業者は強要させることも知られており、半自動のアサルトライフルおよび他の銃は銃ショップもしくは銃ショー (en)で購入するために市民もしくはアメリカの住民に支払われ、それからカルテルの代理人に譲渡される。この交換はen:Straw purchaseとして知られている。

現在、コンピューター上での国家による銃の登録はアメリカに無い。しかし、銃の追跡システムは、個々の氏名と住所の記録を自動的に登録するなど、部分的に自動化されているとともに、情報を確認している。ATFの職員は、はじめ製造、モデル、シリアルナンバーによってナショナル・トレーシング・センター (en)で最初に5つのデータベースについて照会する。その上、職員は100以上のメーカー、輸入業者および卸売業者を自動化されたインターフェイスであるもう一つのコンピューターシステム(アクセス2000)を使用する。

もしこれらの方法が銃を特定する助けとならないのならば、職員はメーカーまたは輸入業者に電話をかけ、コンピューターによって最初にサプライチェーンを下って進め、それから電話し、最後の手段として徒歩や手紙を使う。銃の追跡はほとんど、最初の小売販売店以外では実際の書面や追跡に依存している。

職員は始めの容疑者(購入者)を越えて銃の処理を追跡することは滅多にしないが、銃は最初の購入以来何度か売買されたかもしれない。探し出された銃の平均年齢は10年以上であり、メキシコで押収された銃には15年物もある。

メキシコへの途中に見つけられたルーマニアで製造されたAK-47の多くが、キットとしての部品かもしくは全ての銃として、アメリカが半自動アサルトライフルの輸入を禁止しているにもかかわらずヨーロッパからアメリカへ輸入されたと報告している。他のタイプは2009年にも回復された。例えば、バイオレンス・ポリシー・センター (en)によると、2009年の1月1日から6月30日までに中国の中国北方工業公司製AK-47が281丁メキシコで押収された。しかしながら、中国製の銃の輸入は1994年5月からアメリカによって禁止されている。

法律
アメリカ合衆国下院外交委員会では、メキシコへの違法な銃の流れを止めるためのATFの資源を増やすために7350万ドルを3年に渡って使用されることを認める請求 (H.R. 6028)が承認された。議員はアメリカの銃輸送ネットワークの連邦取締りProject Gunrunnerのために、1,000万ドルの経済刺激政策を含ませた。この努力の一部として、ATFは追跡の「黄金の基準」として、ウェブ上での登録に言及したことにおいて、完全なアメリカの銃登録の経路の概略説明をした。

2009年6月、代表のコニー・マックは、メキシコ国境上の連邦捜査官の数を増やすように要求した。アメリカ大統領のバラク・オバマは、アメリカ大陸中で小銃の密売を抑制するための、CIFTA (en)として知られているアメリカ大陸間の条約を批准するための提案を行った。

条約は、無許可の銃の製造と輸出を違法にし、武器の密輸を止めるために、異なる国の国境線上の警察の間で情報を共有するための方法を確立し、厳しいライセンス条件を採用して追跡がより簡単な銃の製造を行うことを、西半球の国に求める。

2010年10月、バイオレンス・ポリシー・センターからのスポークスマンは、例えば1968年の銃器規制法のような既存の銃規制法を制定することによって、わら購入者への外国製の対人殺傷用銃器の販売を制限する重要な進歩になると断言した。

武器の起源



アメリカの市民メディアによるいくらかの推測では、イスラム教徒のテロ集団は、メキシコの麻薬カルテルを支持しているかもしれない。しかしながら、メキシコの元国家安全顧問および前国連大使のアドルフォ・アギラル・シンセル (en)や国家安全調査局(CISEN、メキシコの情報機関)の責任者であるエドワルド・メディナ=モラ・イカサ (en)、現在の司法長官は、外国のテロ集団がメキシコの犯罪組織と接触した兆候がなく、イスラム教徒のテロ集団がメキシコに居合わせていると思うような理由がないことを注意した。

メキシコへの影響

暴力
司法長官のオフィスは犠牲者の10人中9人が組織犯罪グループのメンバーであり、軍や警察の人員の間での死者は全体の7%であると述べた。非常に多くの損害を受けた州はバハ・カリフォルニア州、ゲレーロ州、チワワ州、ミチョアカン州、タマウリパス州、ヌエボ・レオン州およびシナロア州である。カルデロン大統領政府は、特に彼の故郷であるミチョアカン州で麻薬商人と現在戦っているが、ハリスコ州とゲレーロ州においてより多くの活動が行われており、2009年にはソノラ州において麻薬関係の暴力事件が増加している。

▼多数の衝突が起こっている州が赤色で示されている。



▼メキシコ海軍による太平洋沿岸の海上パトロール



▼バレットM82を装備したメキシコ軍特殊部隊(ミチョアカン州にて)



2006年12月24日にバハ・カリフォルニア州のエウジェニオ・エロルドゥイ (en)知事は、連邦政府と州の協力のもとで彼の州で行われている活動と類似した活動を行うことを宣言した。この活動は2006年12月下旬に国境の町ティファナ市で始まった。

2007年1月までに、これらの様々な活動はチワワ州、ドゥランゴ州、シナロア州からなるいわゆる「黄金の三角地帯」と同様にゲレーロ州にも及んだ。2月にはヌエボ・レオン州およびタマウリパス州も同様に含まれた。犯罪組織は増加する圧力に対して、タマウリパス州ヌエボ・ラレドの代議員の暗殺未遂事件を起こした。

2007年10月初頭、アメリカの麻薬対策局長は、この麻薬戦争がアメリカにおける麻薬取引に著しい影響を及ぼしたことを示す数字を発表した。アメリカ国内の37の都市において、コカインの平均純度が11%低下しながらも価格は50%も上昇した。これは麻薬戦争によってコカインの供給量が激しく減少した証拠である。

2006年12月のカルデロン大統領就任以来、押収と逮捕数は跳ね上がり、メキシコは全てのプライベート飛行機にグアテマラとの国境の町チアパス州タパチュラもしくはカリブ海沿岸にあるコズメル空港に点検のため立ち寄ることを強制するアメリカの新しい法律に応じて、100人以上を引き渡し、一部では過去1年半の間で270台以上の飛行機の差し押さえられるに至ったと信じられている。

2008年7月10日、メキシコ政府は、麻薬密売との戦いにおいて、軍隊の役割を減らして連邦警察の力を倍近い大きさにする計画を発表した。Comprehensive Strategy Against Drug Traffickingとして知られるこの計画はまた、地方警察から汚職警官を追放することが必要である。計画の要素は既に動き出しており、麻薬戦争の軍隊への依存を減らすことを目的として大規模な警官の補充と訓練を含んでいる。

2008年7月16日、メキシコ海軍は、オアハカ州の南西200キロの地点を移動していた全長10メートルの潜水艦を取り押さえた。強襲において、特殊部隊はヘリコプターから潜水艦のデッキへと懸垂下降し、彼らが船を自沈させる前に4人の密輸業者を逮捕した。船からは5.8トンのコカインが発見され、船はメキシコ海軍の巡視艇によってオアハカ州のウアツルコ (en)まで曳航された。

カルデロンの政治における一つの見た目上のパラドックスとして、政府がカルテルに損害を与えて明らかに成功しているときでさえ、国の治安が悪化し続けてその進行を止められないように見える。治安悪化の最も明確な兆候は、麻薬関係の殺人の総数がうなぎ上りに増え続けるということである。暴力は脅迫と恐怖によっても拡大した。警官の名前が記された暗殺リストの発見は、アメリカの国境沿いにある多くのメキシコの都市でますます暴力が常態化した。1人ずつ撃ち殺されるそのリストに名前が記された警官にとっても常態化した。

その上、麻薬密売組織は、国中の都市の高速道路の上に大きな旗を掲げ始めた。旗の多くは、ライバルに対する脅しもしくは、地方および連邦官僚に支えられた特定の犯罪グループであることを告発している。いくつかの場合では、ロス・セタスへと脱離する警官や兵士に対して、より良い器材と高い賃金を与えるという新人採用の旗が北メキシコに現れた。

この対立のエスカレートの一つは、密売人たちが彼らのテリトリーを要求し恐怖を拡大するための新たな手法を使用したことが挙げられる。カルテルのメンバーは、処刑の動画をYouTube上に放送し、混雑したナイトクラブに体のパーツを投げ込み、一般道に旗を掲げた。2008年9月15日にはモレリアで2008年モレリア手榴弾攻撃事件 (en)が起こり、その時、二つの手榴弾が混雑した広場に投げ込まれて10人が死亡し100人以上が負傷した。

これらの事件は、麻薬カルテルの取り締まりを命じられているメキシコ政府の職員の士気を奪うことを目的としていると見られている。別の意見としては、誰が戦争に勝利しているかを市民に知らしめるためであると見ている。少なくとも1ダースのメキシコのノルテノ・ミュージシャンが殺害された。犠牲者の大部分は、ナルコ・コリード (en)として知られる、メキシコの麻薬取引の物語を語るフォークソングを演奏しており、フォークの英雄としてリーダーは褒め称えられていた。

極端な暴力はメキシコへの対外投資を危うくしており、財務大臣のアグスティン・カルステンス (en)は、治安の悪化だけによって、ラテンアメリカで2番目に大きな経済規模を持つメキシコの国内総生産は毎年1%減少させられていると述べた。

当局の腐敗
メキシコのカルテルは、活動の一つとして裁判官を腐敗させるか脅迫するかしている。国際麻薬統制委員会 (INCB)は、メキシコは近年腐敗を減らすために協調した努力を行ったものの、深刻な問題はそのままであると報告した。連邦調査機関 (AFI)のエージェントの幾人かはシナロアカルテルのための暗殺者として働いていると信じられており、司法長官 (PGR)は2005年12月に、AFIの7000人のメンバーの内1500人近い人数が容疑者として取り調べられ、内457人が嫌疑を受けたと報告した。

近年、連邦政府はヌエボ・ラレド、ミチョアカン、バハ・カリフォルニアおよびメキシコシティーで警官の起訴と追放を実施した。2006年12月にカルデロン大統領によって開始された反カルテル運動には、警察もまたカルテルのために働いているという懸念があるため、所々で警官の武器の弾道チェックも含まれる。2007年6月、カルデロン大統領は全31州および連邦直轄地から284人の連邦警察の指揮官を追放した。

「クリーンアップ・オペレーション」のもとで、2008年に数人のエージェントと高官が逮捕され、情報を売ったもしくは麻薬カルテルの保護を受けたとして告発された。いくつかの目立つ逮捕としては、連邦警察の署長であったビクトル・ヘラルド・ガライ・カデナや組織犯罪対策部 (SIEDO en)の元部長であったノエ・ラミレス・マンドゥジャーノ (en)、元インターポールのメキシコ事務所長だったリカルド・グティエレス・バーガスなどがある。

2009年1月に、元インターポールのメキシコ事務所長だったロドルフォ・デ・ラ・ガルディア・ガルディアが逮捕された。ちょうど2009年7月5日に連邦下院議員に選ばれたフリオ・セサル・ゴドイ・トスカーノは、麻薬カルテルのラ・ファミリア・ミチョアカーナの幹部であることが告発された。彼は現在、逃亡している。

2010年5月、ナショナル・パブリック・ラジオは、アメリカおよびメキシコのメディア、メキシコの警察当局、政治家、研究者その他を含む何十もの情報源から主張を集めて、シナロア・カルテルが贈収賄およびその他の手段でメキシコの連邦政府と軍隊に浸透し堕落させたと報告した。その報告書はまた、シナロア・カルテルが他のカルテルを破壊し、自分たちとそのリーダー「チャポ」を保護するために政府と共謀したとしている。

メキシコ当局は、麻薬カルテルに対する政府の処遇に関して、いかなる贔屓もないと否定した[65][66]。以前に「なぜなら、カルテルのメンバーが司法長官のオフィスなどに浸透し、カルテルを起訴する立場である司法当局を腐敗させたからである」と報告されているように、カルテルを訴追することは困難である。

人権への影響
アメリカのメキシコにおける薬物統制の方針は、メキシコ経由での麻薬の密売を防ぎ、腐敗や暴力、恐怖をもたらしメキシコの人権状況に悪影響を与えた麻薬カルテルの力を削ぐという立場を取っている。これらの方針は、軍隊に一般人の薬物統制に対する責任を負わせ、反麻薬運動および治安維持を行うだけでなく、法律制定に関する力も有している。

アメリカ合衆国国務省によって、メキシコの警察と軍隊は、彼らが麻薬カルテルと戦う政府の努力を行ったことによって深刻な人権侵害を犯していると非難された。強大な力を持つ行政府と、腐敗した立法部と司法部もまた、メキシコの人権問題を深刻化させるのに寄与しており、その帰結として、拷問と脅迫を通じた警察による基本的人権の侵害や、基本的人権を守り維持すべき司法の無効化などの問題に至っている。

人権組織によって示される人権侵害の形のいくつかは、違法逮捕や秘密かつ長期の拘留、拷問、強姦、法廷での手続きを踏まない死刑、証拠の偽造などが含まれる。アメリカの麻薬に対する方針は、高地位の密売人をターゲットにすることに失敗した。

1970年代には、コンドル作戦 (en)の一部として、メキシコ政府は、麻薬の生産と左翼の反乱に苦しめられていた北メキシコの非常に貧しい地域に10,000人の兵士および警察を送った。何百人もの農民が逮捕され、拷問され、投獄されたが、重要な麻薬密売人は1人も捕まえることが出来なかった。

しばし無秩序で責任のない連邦調査機関の出現もまた、人権侵害の発生に関与している。メキシコの連邦調査機関 (AFI)が拷問と腐敗を含む多数の人権侵害案件に関与していたことが分かっている。1つの有名なケースは、AFIエージェントの抑留による、抑留者ギレルモ・ベレス・メンドーサの死亡がある。彼の死にかかわったAFIエージェントは逮捕されたが、彼は保釈によって解放された後に逃亡した。

同様に、ほぼ全てのAFIエージェントは、不正な行政官と司法システム、そしてこれらの機関の優越性のために逮捕と処罰を免れた。2005年12月、司法長官の事務所は、その所員の5分の1が犯罪活動の取り調べ中であり、7,000人のAFIエージェントの内1,500人近くが犯罪活動の嫌疑で取り調べを受け、内457人が告発に面していると報告した。AFIはついに失敗であったと宣言され、2009年に解散した。

民族差別は麻薬戦争においても現れ、助けを得る事の出来ない原住民のコミュニティーが警察、軍隊、麻薬密売人および司法システムによって標的とされた。メキシコの国家人権委員会 (CNDH en)によると、2001年におけるメキシコの原住民の囚人のほぼ3分の1は、大部分が麻薬犯罪に関係する連邦犯罪によって収監されていた。

もう一つの主な懸案は、アメリカのレイリー法 (en)の実現の不足であり、それがメキシコの人権状況を悪化させる結果になっている。この米国法によって、人権侵害を犯したと確かに申し立てられた外国の治安部隊の集団もしくはメンバーは、米国の保安トレーニングを受けることが無いかもしれない。アメリカは、メキシコにおける軍隊と警察のトレーニングはレイリー法に違反していると主張している。

このケースでは、アメリカのメキシコ大使館における人権と薬物統制プログラム担当の職員は、これらの違反を助け、教唆しているとして非難される。1997年12月には、重装備のメキシコ特殊部隊兵士の一団がハリスコ州のオコトランで20人の青年を誘拐した。関係する隊員の内6名は空挺特殊作戦群(Grupo Aeromóvil de Fuerzas Especiales,GAFE)のトレーニング・プログラムの一部として米国でトレーニングを受けていた。

ジャーナリストとメディアに対する影響
メディアおよび報道機関もまた攻撃を受けた。レポーターは誘拐されて殺され、メキシコのテレビ局であるテレビサのオフィスは爆破された。いくつかのメディアでは、単純に麻薬犯罪の報道を停止した。多くのレポーターは麻薬カルテルによる連絡を受けて脅迫されていた。カルテルはまた、一部の報道機関にも浸透している。

政治家の殺人
2010年、12人の市長がチワワ州、ドゥランゴ州、ゲレーロ州、オアハカ州およびミチョアカン州で殺害された。また、知事の候補者も殺害された。

国際的な影響

北アメリカ
メキシコ軍はアメリカおよびカナダにコカインを輸送する麻薬カルテルの能力を大きく削ぎ、コカイン価格は1キロ当たり23,300ドルからほぼ39,000ドルにまで高騰したことが2009年にはバンクーバーでのギャングによる抗争の急増を促し(en:2009 Vancouver gang war)、アメリカおよびカナダの麻薬市場はコカインの長期不足を経験した。この圧力の証拠として、アメリカ政府は、2007年初旬から2008年中旬の間に、米国内で押収されたコカインの量が41%減少したと述べた。

アメリカ合衆国
アメリカの司法省は、メキシコの麻薬カルテルがアメリカへの最も大きく脅威的な犯罪組織であると考えている。カルデロン大統領就任からの初めの18カ月にメキシコ政府は麻薬戦争において70億ドルを費やした。米国への協力を求めたメキシコの当局は、違法な麻薬取引は分担しての解決が必要な共有問題であると指摘し、大部分の資金がアメリカの麻薬消費者からメキシコの商人へと流れていると批評した。2009年3月25日、アメリカの国務長官ヒラリー・クリントンは「我々の強欲な需要が違法な麻薬取引を焚き付けている」と述べ、「アメリカ合衆国は、メキシコに広まる麻薬によって焚き付けられた暴力に対する責任を分担して負う」とも述べた。

アメリカの国務省職員は、メキシコ大統領フェリペ・カルデロンが意欲を見せるアメリカとの共同活動は、保安、犯罪および麻薬の問題について前例がないということを知ったので、アメリカの議会は、2008年6月下旬に、3年間の国際支援計画であるメリダ・イニシアティブ (en)に基きメキシコおよび中米の国に16億ドル分の支援を提供するための法律を可決した。

メリダ・イニシアティブは、メキシコおよび中米の国に、国の司法システムを強化するための技術的な助言および、警官のトレーニングや器材を提供しており、現金や武器の供与は含まない。2009年1月、アメリカ軍は、戦争が25年延長されれば、犯罪組織の軍事力の強さのためにメキシコ政府崩壊の原因となりかねず、その対立はアメリカ国境にまで広がりかねないという懸念を表明した。

現在、メキシコの麻薬カルテルは既に最も主要なアメリカの都市にも存在している。2009年、「麻薬の流通網を維持するか、卸業者に麻薬を供給している」メキシコの麻薬カルテルが存在している200以上のアメリカの都市を特定し、100以上の都市で3年前から存在してた。

複数の研究者は、麻薬の供給との戦いに対する継続的な支援よりむしろ、需要を抑制するための防止、治療、教育計画に集中するよう提案した。調査では、軍が問題の根本的な原因を無視するために、彼らの麻薬禁止のための努力が失敗すると示された。1990年代中期の間、クリントン政権はRand Drug Policy Research Centerに資金を提供して、重要なコカインに対する政策の研究を注文していた。

研究では、30億ドルで連邦および地方警察から治療まで変える必要があると結論付けられた。レポートは、治療が薬物使用を減少させる最も効果的かつ最も安価な方法であると述べた。クリントン大統領の麻薬対策局長室は、膨大な警官への支出を拒否した。ブッシュ政権は、2009年度予算において、薬物治療および防止プログラムの支出を7300万ドルもしくは1.5%減少させることを提案した。

アメリカの死者数および国家の安全
アメリカの当局は、メキシコのカルテルに繋がっている殺人、誘拐、家宅侵入が急増していると報告しており、2008年には少なくとも19人のアメリカ人が殺害された。また、2004年以降200人以上のアメリカ人がメキシコで殺害されている。

アメリカ統合戦力軍は、最悪のシナリオに関して、メキシコの政府とその政治家、警察および裁判の基盤の全てがギャングおよび麻薬カルテルによる継続された攻撃と圧力の下にあり、次の20年でメキシコが突然崩壊することを考慮している。アメリカ統合戦力軍は、この内部対立が次の数年に渡ってメキシコの国家の安定性に大きな影響を及ぼし、単独での国土の安全保障への影響に基き、アメリカへ対応を要求することを懸念している。

2009年3月、アメリカ国土安全保障省は、アメリカ=メキシコ国境を越えて溢れてくるメキシコでの麻薬にかかわる暴力の脅威に対抗するために州兵を使用することを考えていると述べた。アリゾナ州およびテキサス州の知事は、麻薬の密売に対して地方警察が既にそこで支援しており、それらを助けるために州兵の部隊をさらに送るよう、連邦政府に要請した。2010年に起こった、恐らくは麻薬密売人によるものとみられるアリゾナの牧場主ロバート・クレンツ殺害の後、国境上の州兵の需要は大きく増大した。

2009年3月、オバマ大統領は、麻薬、金および武器の密輸を防ぐため、2億ドルを配分し直し、500人以上の連邦捜査官を国境の要点に移動させる計画の要点を述べた。2010年5月25日、オバマ大統領は、メキシコの国境保護と活動の実施を援助するために、アメリカの国境に1,200人の州兵の部隊の配備する許可を与え、さらに、列車に税関と国境保護のための職員を追加する支援を行った。この配備は主に国境に位置する州政府によって、2,000マイルを越える国境線をコントロールするにはさらに1,800人が必要でありこの配備は十分でなく、国境での侵略を止めるための重大な試みと言うよりは政治的なショーであると批判を受けた。

グアテマラ
メキシコ軍の取り締まりによって一部のカルテルはより安全に活動できる場所を求めて、贈賄による魅力があり、警察力が弱く、密輸の陸路の途中にあるグアテマラの国境の向こうへと追いやられた。密輸業者はグアテマラのジャングルに隠されたプライベートな滑走路に着く小型飛行機から麻薬を取りまとめる。それらの貨物は、メキシコを通ってアメリカの国境線上に移動される。

グアテマラは何十人もの麻薬関係の容疑者を逮捕し、巨大な大麻とケシの畑を焼き払ったが、苦戦している。アメリカ政府が高速ボートおよび暗視スコープを地域の麻薬対策への援助に関する一括計画に基いて送付したが、さらに多くを必要としている。2009年2月、ロス・セタスはグアテマラの大統領アルバロ・コロンを殺害すると脅迫した。2010年3月1日には、グアテマラの国家警察の署長と、国の反麻薬当局のトップが麻薬密売に関与した容疑で逮捕された[196]。ブルッキングス研究所の報告では、率先的かつタイムリーな努力が無ければ暴力が中米地域中に広まると警告した。

ヨーロッパ
メキシコのアメリカとの協力が改善され、アメリカの都市と町で755人のシナロア・カルテルの容疑者の逮捕につながったが、米国市場はヨーロッパのコカイン需要が急速に発展することによって影が差している。現在、ヨーロッパのユーザーは米国市価の2倍を支払っており、コロンビアのギャングは大西洋上の輸送にメキシコの仲介を必要としない。2008年9月17日、アメリカの司法長官は、国際的な麻薬禁止活動であるProject Reckoningが警察組織を含むアメリカ、イタリア、メキシコ、カナダ、グアテマラにおいてコカイン取引に関与している500人以上の犯罪組織のメンバーを捕らえたと発表した。この発表の最も興味深い部分としては、イタリア-メキシコ間のコカイン・コネクションがある[43]。

西アフリカ
少なくとも9つのメキシコおよびコロンビアの麻薬カルテルが、11の西アフリカの国に基盤を持っていることが確認された。彼らは、金になるヨーロッパ市場に近付くための足掛かりを切り開くために、地元のギャングと密接にかかわって活動していると伝えられている。コロンビアおよびメキシコのカルテルは、大きな荷を西アフリカに密輸し、それをばらして小分けにしヨーロッパ(大部分はスペイン、イギリスおよびフランス)へと密輸することが、より簡単であるということを発見した。北アメリカの麻薬禁止キャンペーンによって、全ての非アメリカ系コカインの50%近く、または世界的な流通のおよそ13%が現在は西アフリカを通じて密輸されているように、西アフリカ地域の麻薬輸送が劇的な増加に至ったのに加えて、西ヨーロッパにおいてコカインのより多い需要がある。

論争

方針の失敗
ブラジルのフェルナンド・エンリケ・カルドーゾ、メキシコのエルネスト・セディージョおよびコロンビアのセサル・ガビリア ら元大統領たちによると、アメリカ主導の麻薬戦争はラテンアメリカを悪化の螺旋へと推し進めている。カルドーゾは会議で「利用可能な証拠は麻薬戦争が失敗した戦争であることを示している」と述べた。

カルドーゾが主導する薬物および民主化委員会 (Drugs and Democracy commission)のラテンアメリカ会議のパネルにおいて、この戦争に関係する国が「タブー」を取り除き、反麻薬プログラムを再検討しなければならないと述べた。ラテンアメリカの政府は麻薬戦争を戦うためにアメリカの助言を守ったが、方針はほとんど影響を持たなかった。

委員会は、バラク・オバマ大統領に、保安プログラムでなく、公衆衛生問題として薬物使用を治療することや、大麻(マリファナ)解禁のような新しい方針を考慮するよう勧めた。西半球問題協議会 (en)は、麻薬の解禁と合法化を深刻に考慮する時だと述べた。2009年には、ヘロイン、マリファナ、コカインの個人所持が合法化された。

資金洗浄
メキシコの麻薬カルテルとコロンビアの供給元が利益をもたらしているという事実にも拘らず、毎年180億から390億ドルをアメリカから移動し資金洗浄している。アメリカおよびメキシコ政府は、資金洗浄を含む様々なカルテルの財政的な活動に直面した際の彼らの反応が消極的もしくは遅いと非難された。

アメリカの麻薬取締局 (DEA)は、メキシコの違法薬物に関する資金の動きに関して、財政調査を増やす必要があると確認した。DEAは麻薬カルテルの財政的基盤を攻撃するために、実現可能な麻薬実施戦略において重要な役割を演じなければならないと述べた。しかしながら、アメリカのDEAは、アメリカとメキシコのファイナンシャル・サービス産業が麻薬販売によって動く金の手助けとなっている点を注目した。先例に従い、2010年8月にフェリペ・カルデロン大統領は、現金密輸と資金洗浄を取り締まるための包括的な新しい基準を提案した。

カルデロンは、不動産の現金購入と10万ペソ(約7,650ドル)以上する贅沢品の購入の禁止を提案した。彼の包括的な提案は、例えば不動産や宝石、装甲メッキの購入などのような大きな取引を報告することを企業に要求する。6月にカルデロンは、銀行で交換するか預ける事の出来るドルの量に厳しい制限をかけることを通知した。しかし、金融機関へ提案された規制は、メキシコの議会で厳しい反対に直面している。

需要
ランド研究所は1990年代半ばに、アメリカにおける麻薬の消費を減らすために麻薬常習者の治療を用いる事は、警察活動を単独で行うよりも7倍費用効果がよく、それは3分の1の消費を潜在的に減らすことが出来ると公表した。

2011年度、オバマ政権は需要を削減することを支援するためにおよそ56億ドルの予算を要求している。これは、防止のための13%の増加と、治療のための4%の増加を含んでいる。2011年度の全体的な麻薬対策の予算要求は、供給の縮小と国内警察のためのものを含めて、5億2110万ドルの新規資金提供を含む155億ドルである。

参照元 : wiki/メキシコ麻薬戦争